日蓮本宗・鳥辺山實報寺10(禅寺に葬られ親鸞の隣りで眠る日目)

 

私は、實報寺住職との長時間に及ぶ単独会見を終えたのでしたが、私にとっては、大きな成果のある實報寺訪問と言うことになりました。實報寺住職は

□ここ鳥辺山にあった延年寺に、日目が葬られて正墓が建てられたこと

□延年寺とは禅宗の寺院であったこと

□その後、延年寺が鳥辺山から出て行くに当たって、富士門流で、日目の正墓がある墓域を延年寺から買い取ったこと

□その買い取った日目の正墓の墓域が、今の實報寺であること

□よって實報寺に日目の正墓があること

□大石寺に、日目の遺骨の分骨をしていないこと

以上のことを明確に認めました。つまり

□日蓮正宗大石寺59世法主堀日亨が「富士宗学要集」8巻に収録し、堀日亨が「売券」と呼んでいる古文書に書いてある内容である、日目が京都・鳥辺山の延年寺に葬られて正墓が建てられ、その墓域がある延年寺成願の所領を富士門流が四回にわたって買い取った土地が、今の實報寺であること

□實報寺墓苑中央にある廟こそが、日目、日尊が眠る正墓であること

□實報寺のほうで、大石寺に日目の遺骨を分骨したという事実はなく、實報寺住職が分骨を全面否定したことで、大石寺・下之坊にあると日蓮正宗が自称している『日目上人の御正墓』なるものはニセモノであること

これらがここで確認されたと言うことです。

さらに注目すべき事は、かつて京都・鳥辺山にあった延年寺は、禅宗の寺院であったこと。つまり鳥辺山の延年寺墓地に日目が葬られた、ということは、とりもなおさず、禅宗の寺院の墓地に葬られた、ということになる。

さらにもうひとつ言うと、この實報寺の道路を挟んだ隣には、浄土真宗の開祖・親鸞の大谷本廟があり、とりもなおさず、ここには親鸞が葬られて、眠っている。つまり大石寺三祖日目は、京都の禅宗の寺院の墓地に葬られていたということであり、今は實報寺は富士門流の寺院ではあるものの、大石寺の末寺ではない。しかも浄土真宗の開祖・親鸞と隣同士になって日目は眠っている。

こういう真実の姿は、日蓮正宗としては、とても恥ずかしくて信者には言えないだろう。日目の正墓が、同じ富士門流とはいうものの、日蓮正宗と対立関係にある要法寺の末寺である實報寺にあるわけだから。日蓮正宗としても、日目の遺骨が京都・鳥辺山に葬られて日目の正墓が鳥辺山に建てられたことは、史実と認めているわけで、これは動かしがたい。

實報寺10日目正墓3


大石寺17世日精や59世堀日亨も、明確に日目の遺骨が京都・鳥辺山に葬られて、鳥辺山に日目の正墓が建てられたことは、史実と認めているし、日蓮正宗富士学林が発行している「富士年表」でも、鳥辺山の日目墓地の四回の土地買い取りを史実として、年表に載せています。

 

これを信者の手前、みっともなくて言えない日蓮正宗が言い出したウソが

「日郷が日目の遺骨を大石寺に持ち帰って、大石寺に葬った」

である。これはいくら何でもひどい。

そもそも、「日郷が日目の遺骨を大石寺に持ち帰って、大石寺に葬った」などという話しは、大石寺4世法主日道の「三師御伝土代」、要法寺13世貫首・広蔵院日辰の「祖師伝」、大石寺17世法主日精の「家中抄」など、いずれの文献にも、そんなことは一言も書いていない。

面白いのは、大石寺4世法主日道の「三師御伝土代」には、日目の寂年が記載されていないばかりか、日目が京都天奏に旅立ったことすら記載されていないのです。

もし、本当に「日郷が日目の遺骨を大石寺に持ち帰って、大石寺に葬った」のなら、日道は「三師御伝土代」に日目が京都天奏に旅立ったこと、日目の寂年ぐらいは記載するはずである。

日道は、「三師御伝土代」に、日蓮、日興の寂年は記載しており、日目の寂年が記載していないのは、どう考えても不審です。

「三師御伝土代」を「富士宗学要集」1巻に載せた日蓮正宗大石寺59世法主堀日亨ですら、日道が「三師御伝土代」に、日目の寂年が記載されていないばかりか、日目が京都天奏に旅立ったことすら記載していないことについて不審を呈している。

つまりこれは何を意味しているかというと、日道は、日目の死去について大きな疑念を持っていたということです。これは少なくとも、日郷は日目の遺骨を大石寺に持ち帰っていないと言うことです。日郷が日目の遺骨を大石寺に持ち帰っていたら、日道が「三師御伝土代」に、こんな書き方をするはずがない。

日郷が、日目の遺骨も何も大石寺に持ち帰らず、「日目上人は美濃国垂井で死去しました」と、言葉で日目の死去だけを大石寺で告げたとなると、大石寺の僧俗は確実に日郷に疑惑の目を向けるでしょう。

日道も、日目が美濃国垂井で死去したことを目撃したわけではなく、日郷の話しだけ聞かされただけで、しかも遺骨もないと言うことになったら、これは疑念を持つだろう。現代だって、こんなことになったら、不審死事件の重要参考人として警察に任意出頭を求められることになるでしょうね。

いずれにせよ、日目の遺骨が京都・鳥辺山に葬られて日目の正墓が鳥辺山に建てられたのであって、日郷は、大石寺に日目の遺骨は持ち帰っていないことだけは事実です。

實報寺8日目墓1


これを隠蔽するために、日蓮正宗が考え出したウソが

「日郷が日目の遺骨を大石寺に持ち帰って、大石寺に葬った」

ひどいウソつき宗教と言わざるを得まい。