不受不施日蓮講門宗祖山・本覚寺4(末寺ぐらいの規模の寺院)

 

さてその不受不施日蓮講門宗の本山・本覚寺ですが、岡山街道を妙覚寺からさらに北上して行ったところにあります。岡山街道には面していますが、非常に目立たないところにあり、うっかりすると見失ってしまいがちです。

さらにこの本覚寺は、駐車場がない。駐車場がない、というのは、本覚寺で大きな法要や行事があったとき、参詣者に不便はないのだろうか。

それとも、本覚寺に参詣する人は、地元の人たちばかりで駐車場は不要ということか。しかし地方ほど、車に乗る人は多いはずなので、駐車場がないというのは、何とも不可解です。

これじゃあ、本覚寺で行事があったときは、このあたりは、路上駐車だらけになっていそうな感じがしますが。

 

境内に入っていくと、境内の中は案外と狭く、堂宇は本堂と庫裡しかないという感じ。どちらも鉄筋コンクリート造りで、近代になって建てられたものと思われます。

本堂の入り口の戸は、開いていましたが、須弥壇の扉は閉まっており、本尊として何が祀られているかはわかりません。

境内の広さや本堂と庫裡しかないところを見ると、とても一宗の本山には見えません。こういう寺院は、どちらかというと末寺の規模です。これくらいの規模の末寺は、関東、日本全国いたるところにあります。土地が高い東京都内にも、これくらいの規模の末寺はたくさんあります。

本覚寺4

 

それと、本覚寺境内の中には、本覚寺の歴史や堂宇の謂われや建てられた経緯について書いた立て札や案内板といったものが全く見当たりません。なぜ、こういったものがないのか。

不受不施だから、自宗の信者のみの参詣しか念頭にないということか。

さて庫裡に誰かいないのかな、と思ったのですが、人が居る気配がありません。はて、どうなっているのか。

 

ここも不受不施派の寺院ですから、賽銭箱は全く置いてありません。これは、不受不施派だけに限らず、富士門流の寺院、日蓮正宗も賽銭箱はないですね。

日蓮正宗の信者は、すぐに

「日蓮正宗のお寺には、賽銭箱がない」「信者以外からは1円の供養も受け取っていないので、金儲けではない」

と自慢したがりますが、こういう見解には全く賛同できません。

賽銭箱があるから金儲けで、賽銭箱がないから偉いなどと言っているのは、おそらく日蓮正宗ぐらいなもんでしょう。

不受不施派も賽銭箱は置いていませんが、妙覚寺元総代と話したとき、賽銭箱のことは特に自慢していませんでした。どちらかというと、元総代は「不受不施の教義は、現代社会にそぐわない」と批判的であったことが印象に残っています。

 

日蓮正宗は、賽銭箱は置いていないかもしれませんが、大石寺9世日有が偽作した「戒壇の大本尊」を「日蓮真筆」と詐称して信者に拝ませ、御開扉供養金の他、特別供養等も含めて年間で数百億円の金集めをやっている。こっちのほうがよほど悪質な金集めだと言えよう。