■比叡山延暦寺3(根本中堂)

 

根本中堂というのは、天台宗総本山・比叡山延暦寺の総本堂であり、東塔にある。延暦寺の根本中堂(国宝)は、伝教大師最澄が建立した一乗止観院の後身になる。東塔の中心となる根本中堂は、延暦7年(788)に伝教大師最澄がこの地に草庵を結んだ場所とされる。

とは言っても、私なんかは、はじめて比叡山延暦寺を訪ね歩くまで、延暦寺の本堂とは戒壇のことだと勘違いしていたくらいで、延暦寺に行って、はじめて比叡山延暦寺の総本堂=根本中堂だと知ったくらいでした。

比叡山坂本からケーブルカーで比叡山に登っていくと、東塔に到着するので、ケーブルカーの駅から根本中堂までは、そんなに離れてはいない。

根本中堂の入り口からは回廊を歩いていき、伝教大師最澄自作の薬師如来が祀られている根本中堂に入っていく。回廊には、延暦寺のあちらこちらの伽藍、修行僧の様子などを写した写真が展示されている。

ここにはけっこう観光客が来ていて、根本中堂の中は、信者と言うより、観光客であふれかえっているという感じ。私を含めた観光客に対して、延暦寺の尼僧がいろいろ細かく説明してくれる。

根本中堂中央の厨子には最澄自作の伝承がある薬師如来立像が祀られているが、しかしこの本尊は秘仏になっていて、普段は公開されておらず、参拝客が根本中堂で目にする薬師如来像は、仏師が彫刻した「前立」本尊ということである

秘仏になっている最澄自作の薬師如来立像は、延暦寺開創1,200年記念の1988年、その後、2000年、2006年に開扉されたことがあるというなぜこのときに開扉されたかというと、天皇陛下が比叡山延暦寺に御親拝になられたので、秘仏の薬師如来像を開扉したのだという。

つまり天皇陛下の御親拝といった特別なことでもない限り、秘仏の開扉はなされないのだという。

せっかくなので、私も尼僧にいろいろと質問をした。

秘仏になっている最澄自作の薬師如来立像と、参拝者が目にすることができる仏師彫刻の「前立」本尊である薬師如来立像は、全く同じ造りになっているのかどうか、ということだが、尼僧の話によると、これが「全く同じではない」という。

これはどういうことかというと、仏師というのは、いわば「彫刻のプロ」なので、いろいろ細かいところまで、微に細に彫り込んであるが、伝教大師最澄という人は、彫刻のプロではないので、最澄自作の薬師如来立像は、きわめてオーソドックスな造りになっているという。

なるほど。しかし、はるばる比叡山延暦寺の根本中堂まで行って、秘仏・最澄自作の薬師如来立像にお目にかかることができないというのは、まことに残念という意外にない。

根本中堂2
 

根本中堂の伝教大師最澄自作の秘仏の本尊について、あれこれ親切に説明してくれていた延暦寺の尼僧は、ひきつづいて根本中堂の「不滅の法灯」について説明をはじめた。

 

「不滅の法灯」とは根本中堂の前立本尊の前に灯されている、白い小皿のようなものに灯されている火のことで、尼僧の説明によれば、伝教大師最澄が785(延暦4)年に比叡山に入山した後、自ら供えたとされる灯火のことで、以来、今日に至るまで、火は絶えたことがないという。

 

ちなみに、根本中堂の堂内は、写真撮影禁止になっているため、前立本尊も不滅の法灯も写真でお見せすることができない。

しかし、この尼僧の説明には、さすがの私も疑問に思った。なぜなら、比叡山延暦寺は1200年の歴史の中で、永享7年(1435年)に室町幕府六代将軍・足利義教の焼き討ちがあった。

明応8年(1499年)、管領細川政元が、対立する前将軍足利義稙の入京と呼応しようとした延暦寺を攻めたため、再び根本中堂は灰燼になり、さらに元亀2年(1571年)には、織田信長の焼き討ちがあったからである。

つまり比叡山延暦寺の根本中堂は、三回、戦災によって灰燼になったことがあるのである。

特に足利義教の焼き討ちの時は、円珍以来の本尊もほぼ全てが焼失していて、宝徳2年(1450年)516日に、わずかに焼け残った本尊の一部から本尊を復元し、根本中堂に配置している。

信長の死後、豊臣秀吉や徳川家康らによって比叡山延暦寺の各僧坊は再建されていき、現在の根本中堂は三代将軍徳川家光が再建したものである。

こういう歴史の一端を知っている私は、その尼僧に質問をした。

「足利義教や織田信長の焼き討ちの時も、不滅の法灯の火は消えなかったのですか」

 

この質問に対して尼僧は、しばし沈思したのち

「あのときは大変だったみたいですけど、疎開させて火を消さずに守ったそうです」

 

本当ですかね。幾多の本尊が消失し、延暦寺の多くの伽藍の多くが全焼または半焼し、延暦寺の僧侶が1000人以上も足利義教や織田信長の軍勢によって殺害されるほど、悲惨な戦禍だった比叡山焼き討ちでも、「不滅の法灯」は本当に消えなかったんですかね。

私を含めた観光客が根本中堂を退出しようというとき、尼僧も見送ってくれていた。が、こちらを見る尼僧の表情がなんとなく苦笑いを浮かべていたように思えたのだが。