仏教宗学研究会のブログ

「仏教宗学研究会」とは会の名称。「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判・糾弾は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」が管轄。「仏教宗学研究会のブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。「仏教宗学研究会」と「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」は表裏一体の同体異名。日蓮正宗、創価学会・SGI・顕正会・正信会、さらに富士門流執着軍団…らを批判する主旨は同じ。 (背景写真は高野山真言宗総本山・高野山奥の院灯籠堂参道)

「仏教宗学研究会」とは「アンチ日蓮正宗」管理人が設立した会の名称。この会の中で、「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。
「仏教宗学研究会のブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。富士門流執着軍団批判は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄だが、「日蓮正宗系」以外の富士門流寺院の調査・研究は「仏教宗学研究会のブログ」の管轄。
「仏教宗学研究会」への誹謗中傷に対する反撃・糾弾は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。
さらに正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」の公式サイト「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」から、カルト宗教対策、カルト宗教取締特別立法、カルト宗教拡散防止条約制定の活動部分を独立させたものが「国際カルト宗教対策委員会(Icat-Cult)」

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2012年02月

西山本門寺(8)~一見して僧侶もおらず、行事も行われている痕跡が全くない西山本門寺


西山本門寺39


西山本門寺の境内は、とてつもなく広々とした境内なのですが、延々と長い階段がつづく参道のまわりは、鬱蒼とした木々が生い茂っていて、境内の大半は、山林と化してしまっているのではないかと思ってしまうほど。

黒門から客殿に向かって参道を歩いていると、かつて塔頭坊が建っていたと思われる跡が見られます。かつての西山本門寺には、多くの塔頭坊が建っていたものと思われます。

しかし今の西山本門寺・塔頭は、下から妙円坊、大詮坊、浄円坊の三つだけ。

あとはどうなったんでしょうか。火災で焼失したままなのか、廃仏毀釈の打撃によるものなのか。あるいは何らかの理由で廃坊になったものなのか。わかりません。

 

参道のまわりは、木々が生い茂っていますが、参道は雑草が生え放題というわけではなく、雑草は刈り取られた跡があり、落ち葉は散らばってはいますが、荒れ放題というわけではありません。

誰かが、雑草を刈り取り、落ち葉を掃いたりしているようなのです。

さらに、塔頭坊があるあたりから、庫裡・客殿の周辺が、最も清掃が行き届いているように見えました。「清掃はやっているんだな」という印象は受けました。

 

私は、今まで何度も西山本門寺に来たのですが、いつ来ても僧侶がいる気配もなければ、行事が行われている気配もない。何度来ても、これは同じ。

年中行事予定の看板もなければ、客殿は戸を固く閉じて、全く人を寄せ付けないという印象である。「どーなってんの、このお寺は」という印象を持ってしまう。

一度だけ、僧侶らしき? (坊主頭だが僧衣を着ていない)若い人を見つけて質問したことがあるが、今にして思うと、この人は、西山本門寺の僧侶ではなかったのではないかと思います。

この訪問記に記している西山本門寺訪問のときも、僧衣を着ていない坊主頭の中年男性1人と若い人2人が、車で乗り付けてきて、境内の中を散策していました。

どうやら、この3人は、僧侶は僧侶のようですが、他宗他山の僧侶のようで、西山本門寺の見学をしていたように思いました。

 

ところが、何度、西山本門寺に来ても、西山本門寺の僧侶に会えないわけです。しかも会うどころか、普通の寺院にある、対外的な受付があるようすも見られない。

このように、まことに奇怪な寺院であるわけですが、このあたりの謎も、今回の訪問記に記す訪問で、ようやく真相が明らかになったわけです。

 

 

 

西山本門寺(7)~黒門から2キロ以上も延々と続いている西山本門寺参道


西山本門寺6参道


さて、下馬の禁札が立っている西山本門寺・黒門から客殿にむかって一直線に、参道が伸びているのですが、この参道が、西山本門寺独特の参道なのです。

参道は、黒門から客殿方面に向かって、延々と登り坂になっていて、おそらくは1キロ以上はつづいていると思います。しかも、段差の大きい石段が連なる階段になっていて、これが延々と続いているわけです。

階段のつづく参道の斜面は、とてもなだらかな、ゆっくりとした斜面になっているのですが、石段の段差が大きいのと、階段の斜面が延々と続いているのには、驚かされます。

黒門から入って階段を登り始めると

「この階段、いったいどこまで続いているんだろうか」

と思ってしまいます。

 

参道は、階段がつづいたあと、砂利道になり、さらに客殿の先まで参道があって、そこは再び、階段になっています。資料を見ると、西山本門寺境内の端から端まで、約゜2キロ以上あると書いてあります。長い参道も2キロくらい続いているということでしょうか。

大きな寺院の階段というと、日蓮宗関係では、身延山久遠寺の菩提悌、池上本門寺の此経難持坂が有名ですが、西山本門寺の参道は、他の寺院の参道とはちがい、一種独特です。

しかしこの参道、黒門から登っていくと、延々と続く階段がなかなかきつく感じます。夏場にこの階段を登っていったら、薄着をしていたのに、それこそ汗びっしょりになってしまいました。

 

西山本門寺は、鬱蒼とした雑木林の中にあるのですが、西山本門寺の東側を外周を走る県道に

「西山本門寺入口」と書いた、大きな看板が立っていて、そこから境内に、いわば裏道が延びています。

ここから車で入っていくと、客殿のすぐ近くに出ることができるわけで、こうすれば、黒門から続く、長い階段を登らなくてもすみます。

西山本門寺58裏口


今から20年以上前のことですが、はじめて私が西山本門寺に来たとき、この「裏口」が、てっきり表玄関だと勘違いして、ここから入っていった記憶があります。

 

しかし、黒門からの長く延々とつづいている階段を登らないで、西山本門寺客殿に行こうとすれば、この「裏口」からつづく裏道は、まことに便利です。

 

 

 

 

西山本門寺(6)~富士門流・西山本門寺の近年の歴史と西山本門寺僧侶・松本修明氏(2)

□富士門流・西山本門寺の近年の歴史と西山本門寺僧侶・松本修明氏(2)

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西山本門寺(5)~富士門流・西山本門寺の近年の歴史と西山本門寺僧侶・松本修明氏


□富士門流・西山本門寺の近年の歴史と西山本門寺僧侶・松本修明氏



今、日蓮正宗や創価学会の元信者筋では、ちょっと有名な松本修明氏が西山本門寺僧侶を名乗っています。

住職をしている滋賀県大津市の富士山蓮華寺、松本修明氏が主管をしている東京・世田谷区の東京布教所は、西山本門寺とは本末関係にはないという。

しかし、1992(平成4) 713日、西山本門寺・森本日正貫首から松本修明氏に「東京布教所」安置の大漫荼羅本尊が、授与されているのだが、西山本門寺との本末関係はないというのは、なんともわかりにくい話しである。しかも松本修明氏は、大日蓮宗から西山本門寺・50代森本日正貫首の弟子になり、西山本門寺の僧侶だというのにである。

松本修明氏の経歴は、概ね、以下の通りだと言われている。

 

■松本修明(まつもと・しゅうみょう・1938)

 

法華宗興門流(西山本門寺)の僧侶

 

俗名・松本勝弥

僧名・玄義阿闍梨修明・恵照坊日照

戸籍上の名前は、今も俗名のままになっているとのことである。

1957(昭和32)12月、日蓮正宗・創価学会に入信。

創価学会民音職員。創価学会青年部参謀理事をつとめる。

1971(昭和46)9月、妻が創価学会を脱会。

1972(昭和47)1111日、「正本堂御供養金返還訴訟」を東京地方裁判所に起こす。

同年1125日、夫婦で日蓮正宗から信徒除名になる。

著書「訴訟された創価学会」を俗名・松本勝弥名で執筆。

「正本堂御供養金返還訴訟」は、最高裁判所まで争われて約十年の歳月を費やし、最終的には、

「裁判に適さない訴訟である」という双方却下の判決を以て決着している。

その後、大阪・尼崎の本門流檀林で修学。

大日蓮宗管長・上行寺住職・工藤日吼氏の許にて出家・得度。

大日蓮宗が日蓮宗に転派したために、西山本門寺50世貫首・森本日正氏に師事と称している。

しかし大日蓮宗が日蓮宗に合同を決議したのは1988年(昭和63年)、実際に大日蓮宗が解散して日蓮宗に復帰したのは1989年(平成元年)のこと。

 

 

 

 

 

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西山本門寺(4)~西山本門寺の昭和以降の複雑怪奇な歴史と塔頭・末寺


森本日正1
(西山本門寺第五十世貫首・森本日正氏)


1975(昭和50)年、裁判は、檀家側の勝訴で最終決着。これにより吉田義誠(日勇)氏は、西山本門寺から退出。旧門末・福正寺の森本正明(日正)氏が正式に50代貫首として晋山。西山本門寺は、日蓮正宗から再び離脱し、法華宗興門流を公称。吉田義誠(日勇)氏は歴代貫首からは除歴され、森本日正氏が50代貫首となっている。

その森本日正貫首は、1995(平成7)921日、85才で遷化(死去)し、後任の51代貫首には、村田日敬氏が晋山している。この村田日敬貫首の現在については、後の訪問記に出てきますので、そちらで詳しく書きます。

 

現在の西山本門寺の末寺は、塔頭の妙円坊、浄円坊、大詮坊の他に、千葉・福正寺、伊東・光栄寺、富士宮・本妙寺、富士宮・代世寺の7ヶ寺。

千葉・福正寺は、50代森本日正貫首の出身寺で、伊東・光栄寺は51代村田日敬貫首の出身寺である。

 

西山本門寺の旧末寺で、現在、日蓮宗に留まったままになっている寺院が12ヶ寺あります。現末寺とあわせてると、19ヶ寺。

ところが、1786(天明7)年に江戸幕府に提出した末寺帳によると、西山本門寺の末寺数は21になっている。

天明8年(1788)の『法華宗勝劣派西山本門寺寺院本末帳』によると、この中の末寺には、西山本門寺塔中坊は含まれておらず、末寺だけで21

西山本門寺の境内を歩くと、旧塔中坊の跡地らしきところが、いくつも見えます。旧塔中坊も含めると、末寺数はもっと多くなると思います。

 

「富士おさんぽ見聞録・西山本門寺」によると、盛時は30余坊を数えたといい、天明8年(1788)『法華宗勝劣派西山本門寺寺院本末帳』には26か坊と載っているという。

又、江戸後期の地誌『駿河記』には次の12か坊が列記されている。

 

妙圓坊

洗因坊(廃坊)

本泉坊(廃坊)

臨唱坊(廃坊)

大詮坊

本能坊(廃坊)

浄圓坊

常照坊(廃坊)

代信坊(廃坊)

圓信坊(廃坊)

恵林坊(廃坊)

行善坊(廃坊)

これらの多くは、明治初期までに廃された。こんにち、本能坊や本泉坊、行善坊などいつくかの坊は、その跡を確認できると書いてあります。。

http://iiduna.blog49.fc2.com/blog-entry-496.html

 

「富士おさんぽ見聞録・西山本門寺」は、18世紀の西山本門寺を次のように書き記しています。

 

久遠山本妙寺(末頭) 駿州富士郡西山村

良水山興代寺 駿州富士郡西山村

興出山代世寺 駿州富士郡西山村

興立山代行寺 駿州富士郡馬見塚村

上行山安立寺 駿州富士郡青木村

深澤山上行寺 駿州富士郡大宮村

野中山善能寺 駿州富士郡野中村

興起山代立寺 駿州富士郡小泉村

興流山代通寺 駿州富士郡曾比奈村

瀧戸山代信寺 駿州富士郡山本村

富士山上行寺 武州江戸芝弐本榎

富士山上行寺 京都一条通堀川端

富士山上行院 京都北野老松町

富士山上行院 甲州府中愛宕町

大見山上行院 豆州大見地蔵堂村

霊場山光栄寺 豆州伊東吉田村

恵日山広宣寺 豆州伊東芝村

富士山上行院 阿州河内郡額田村

久遠山本因寺 肥州熊本元家町

上行山寿光寺 摂州大坂山小橋村

富士山福正寺 下総千葉郡今井村

 

http://iiduna.blog49.fc2.com/blog-entry-497.html

 

いずれにせよ、末寺の数が減っていると言うことは、廃寺があるということですが、富士地区だけで、西山本門寺末寺で少なくとも3ヶ寺が廃寺になっているといいます。

 

 

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