仏教宗学研究会のブログ

「仏教宗学研究会」とは会の名称。「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判・糾弾は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」が管轄。「仏教宗学研究会のブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。「仏教宗学研究会」と「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」は表裏一体の同体異名。日蓮正宗、創価学会・SGI・顕正会・正信会、さらに富士門流執着軍団…らを批判する主旨は同じ。 (背景写真は高野山真言宗総本山・高野山奥の院灯籠堂参道)

「仏教宗学研究会」とは「アンチ日蓮正宗」管理人が設立した会の名称。この会の中で、「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。
「仏教宗学研究会のブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。富士門流執着軍団批判は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄だが、「日蓮正宗系」以外の富士門流寺院の調査・研究は「仏教宗学研究会のブログ」の管轄。
「仏教宗学研究会」への誹謗中傷に対する反撃・糾弾は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。
さらに正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」の公式サイト「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」から、カルト宗教対策、カルト宗教取締特別立法、カルト宗教拡散防止条約制定の活動部分を独立させたものが「国際カルト宗教対策委員会(Icat-Cult)」

□正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」(アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ)
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2012年06月

激震!!何と日蓮・曼荼羅本尊がヤフーオークションに1億円で出品される

ヤフーオークションに、日蓮の大曼荼羅本尊が、1億円の価格で出品されたことが、関係者の間で衝撃が走り、激震状態になっています。

http://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/161728331?__from=mixi

 

内容は、以下の通りです。

 

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「日蓮上人ご真筆文字曼荼羅 『大曼荼羅御本尊』南無妙法蓮華経」

 

即決価格 : 100,000,000

値下げ交渉のヘルプ

残り時間 : 1 日 (詳細な残り時間)

入札件数 : 0 (入札履歴)

 

詳細情報

個数 : 1

開始時の価格 : 100,000,000

最高額入札者 : なし

開始日時 : 6 26 5 52

終了日時 : 7 1 5 52

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入札者評価制限 : あり (評価の合計がマイナスの方は入札できません)

早期終了 : あり

自動延長 : あり

オークションID 161728331

商品の状態 : 文化遺産

返品の可否 : 返品不可

 

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日蓮本尊売り1
 


71日終了になっているため、写真を撮っておきました。

商品の状態として「文化遺産」と書いてありますが、文化遺産と知りながら、ヤフーオークションに、しかも1億円という法外な価格で売りに出すというのは、どういう意図なのでしょうか。

 

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身延山久遠寺(18)~身延山久遠寺の表玄関・身延駅としょうにん通り

■身延山久遠寺18(身延駅としょうにん通り)

 

身延駅とは、JR東海・身延線の駅で、山梨県南巨摩郡身延町のターミナル駅。特急「ふじかわ」を含む身延線の全列車が停車する。駅舎に接する単式ホーム11線と、奥に島式ホーム12線と23線の駅で、駅舎は、しょうにん通り商店街がある西側にのみ設置されている。

後続の特急待避による長時間停車を行う普通列車や、特急の普通列車追い抜きもある。特急ふじかわのほとんどは、上下とも1番線から発着。待合所には売店や立ち食いそば屋もある。

身延駅2

 

ここは日蓮宗総本山・身延山久遠寺への表玄関の駅として有名で、久遠寺への参拝客や観光客で賑わう。身延山久遠寺は身延駅から4キロメートルほどのところにある。

身延駅から身延山久遠寺までは路線バスの便があるが、本数が少ない。このため、この駅から久遠寺までタクシーで行く参拝客が多い。久遠寺の参拝客以外に南アルプスへの登山客なども身延駅を利用し、春の花見シーズンには久遠寺のシダレザクラを目当てにした観光客も訪れる。

 

しかし身延駅は、特急ふじかわ号を利用したとしても、利便のいい所ではない。特急ふじかわ号で、静岡から身延まで約1時間20分。甲府からでも約50分かかる。特急ふじかわ号は、17往復運転されているが、身延駅のダイヤで見ると、下りは12時から17時のあいだに1本だけ。上りは2本しかなく、昼間に大きなダイヤのブランクがある。

身延山久遠寺に参拝する人は、朝早い列車で身延駅に到着し、バスかタクシーで久遠寺に参拝。

法要・行事に参列したり、山内を散策したり、門前町で食事をしたりして、夕方に下山して帰宅する。参拝客からしてみたら、今のダイヤのほうが便がいいのかもしれません。

 

JR身延線・身延駅前から、富士川・身延橋までの間に並ぶ、飲食店、おみあげ品店、ホテル、旅館がある通りを「しょうにん通り」と呼んでいます。ここに並ぶ店は、飲食店、おみあげ品店、ホテル、旅館であり、漆工芸の店とか金箔加工の店といったものは、ありませんでした。

 

地元では、「しょうにん通り商店街」と呼んでいるようですが、一般的に商店街というと、「商店街」と書いたアーチが入り口に立っていて、アーケードになった商店街を連想するのですが、ここはそういう雰囲気の所ではありません。

「しょうにん通り」の「しょうにん」とは、身延山久遠寺の開祖・日蓮にちなんだ名前。

身延町は日蓮宗総本山である身延山久遠寺を擁する門前町であり、その玄関口である身延駅周辺の商店街も、車社会になる以前は、身延山久遠寺の参拝客でおおいに賑わっていたようです。

 

しかしその後、急速に車社会になり、国道52号線の身延バイパスが開通して、車が身延駅前を通らなくなったためか、車や人通りは少なく、そんなに賑わった町並みには見えませんでした。

むしろ身延山久遠寺の門前町のほうが、賑わっている感じがします。

 

 

 

身延山久遠寺(17)~冬場はものすごい積雪になることもある身延山頂の奥の院思親閣

■身延山久遠寺17(ものすごい積雪になる思親閣)

 

私は、冬の2月に身延山久遠寺に行ったとき、身延山ロープウエイに乗って身延山頂の思親閣に行きました。ここは、日蓮が身延山の草庵で生活していたころ、毎日のようにここへ登山して、故郷の両親を偲び、孝養をつくしたというところで、思親閣はその身延山頂にある。

身延山ロープウエイ1


本堂のすぐ裏手にあるロープウエイ乗り場・久遠寺駅はまだ、ほとんど積雪がなかったのだったが、ロープウエイで山頂まで来てみると、瞬く間に一面、雪景色。奥の院駅でロープウエイを降りて思親閣に行ってみると、かなりの積雪になっていました。

 

今は身延山久遠寺本堂から奥の院思親閣に行くには、身延山ロープウエイに乗っていくのが便利ですが、山道を延々と登っていく奥の院参道もあります。

1本は、ロープウエイの久遠寺駅前からロープウエイの東側を登って行く参道で、鬼子母神堂や大光坊の近くを通って奥の院にたどり着く参道。

もう1本は、身延山久遠寺三門前から日蓮御廟所の近くを通って洗心洞を通り、高座石、千本杉を通って、山道を登っていき、朗師腰掛け石を通って、奥の院にたどり着く参道です。

参道を登っていくとしたら、東側の参道のほうが距離が短いような気がします。

 

日蓮が毎日、奥の院に登山して故郷の両親を偲んでいたという寺伝が本当だとしたら、おそらく日蓮は、今の身延山の西側の奥の院参道を登って行っていたと考えられます。

しかしこの参道を毎日上り下りするというのは、大変です。私は本堂上のロープウエイで登山したが、西谷の日蓮の草庵跡から、この思親閣までは、かなりの距離があるだけではなく、かなり険しい山を登っていかねばならない。徒歩で、草庵から身延山頂まで登山するとなると、それこそ大変な時間と労力がかかるだろう。

 

奥の院思親閣という所は、一個の寺院のようになっています。別当は七面山敬慎院とともに久遠寺法主が任命するということだから、身延山久遠寺の子院のようです。

奥の院駅で降りると、展望台がある。身延山頂は1153mもあるといいますから、眺めはなかなかいいです。お天気がよければ、富士山が見えることもあるといいます。

大孝殿、開基堂、育恩殿、祖師堂、日蓮聖人立像、日蓮聖人お手植杉、仁王門、手水舎、鐘楼、常護堂、元政上人埋髪塚、釈迦像等があります。

 

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身延山久遠寺(16)~今は祖廟から御真骨堂に収められている日蓮遺骨

■身延山久遠寺16(御真骨堂の日蓮遺骨)

 

本堂、祖師堂、報恩閣、仏殿などの堂宇の並びに、御真骨堂がある。今はここに日蓮の真骨が奉安されている。

日蓮祖廟は、西谷の地にあるが、身延山久遠寺が11世日朝の代の文明六年(1478)に、西谷の地から現在地に移転・増築されたとき、久遠寺法主の守塔の任から、日蓮の真骨も祖廟から御真骨堂に移された。

御真骨堂は、拝殿と八角堂から成っていて、74世日鑑の代の明治十四年(1881)に再建されたものである。

御真骨堂1

 

祖師堂と御真骨堂の間に建てられている堂宇が「報恩閣」。ここはいわば身延山久遠寺の総合受付である。ここは日蓮立宗七百五十年慶讃事業として、91世日光の発願により、平成十四年(2002)3月に落成。正面入り口には91世日光の筆による「報恩閣」と書かれた扁額が掲げられています。

受付の他、参詣者休憩室もあり、日蓮宗新聞も備えつけられています。

報恩閣の前にある、樹齢四百年と言われている「しだれ桜」が有名。毎年3月下旬~4月上旬にかけ境内に樹齢400年ともいわれる枝垂桜と久遠寺周辺の数百本の桜が咲き乱れる。この時期は、多くの観桜の見物客やカメラマンが身延山久遠寺に押し寄せてきて、周辺道路も渋滞する。

 

御真骨堂のとなりの仏殿は、昭和六年(1931)の日蓮六百五十遠忌を記念して81世日布の代に建立された堂宇で、朝、昼12時、夕方3時からの勤行と特別法要を営む建物となっている。

 

御真骨堂拝殿の広場をはさんだ向かい側にある地上六階建ての建物が新納牌堂で、六階が釈迦殿になっている。本堂建立により釈迦堂をここに移したもの。納牌堂は1階から5階までで、全国信徒の先祖の遺骨を安置してある建物。

 

現在の久遠寺五重塔は3代目で2008年竣工。2009年に落慶法要が行われた。初代の塔は加賀前田利家の側室寿福院の建立によるもの。

 

開基堂とは、日蓮を身延に招いた波木井実長を祀っている堂宇。身延町指定文化財になっている。

 

水鳴楼とは、久遠寺歴代法主の住居で、一番奥の大奥が法主の居所。

身延山久遠寺は、日蓮宗の祖山・総本山になっているが、久遠寺法主がかならずしも日蓮宗管長になるとは限らない。久遠寺法主が日蓮宗管長を兼ねる時もあれば、そうでない時もある。

久遠寺法主が日蓮宗管長を兼ねない時は、池上本門寺・京都妙顕寺などの大本山貫首が日蓮宗管長になる場合が多い。

 

本堂・祖師堂・御真骨堂の周辺は、数多くの堂宇・伽藍が建ち並んでいます。

 

 

 

身延山久遠寺(15)~身延山久遠寺境内・山内の楠木調査3

■身延山久遠寺15(身延山久遠寺の楠木調査3)

 

身延山久遠寺における楠木の調査によって、身延山久遠寺にある楠木は、久遠寺祖師堂前の楠木だけであって、久遠寺の伽藍のある場所や身延山周辺には、現在でも楠木は何本も生息していないということが判明した。

ただ、徳川時代以降における植樹された楠木であるにしろ、楠木が身延山久遠寺にあることはある。ただ、身延山久遠寺に現在も楠木があることだけをとって

「身延山周辺は、楠木や樫木などの暖地性植物と杉や欅などの温帯性植物の生息域の中間点にあり、身延山には現に楠木が何本も生息している」(日蓮正宗系の某ウエブサイト)

などという説を唱えている日蓮正宗信者もいる。

 

そこで暖地性植物の生息域の問題であるが、身延町教育委員会の役職者であるA氏にこの点を直接取材した。

すると、身延町教育委員会のA氏の回答は、暖地性植物にしろ温帯性植物にしろ、植物の生息域には、自生の植物の生息域の他に、それこそ数百年前に人工的な植樹・植林によるところの樹木が現在でも生息していれば、それら人工植樹による樹木の生息域も含まれている、という回答を得た。

身延山久遠寺の楠木1


したがって、暖地性植物の生息域に含まれているからといって、そのこと自体が、楠木などの暖地性植物が自然繁茂し、自生しているという証明なのではない。

むしろ、身延山久遠寺や大野山本遠寺などの神社仏閣にある人工植樹による楠木が生息しているからこそ、身延山周辺が暖地性植物の生息域に入っているということなのである。

 

さらに暖地性植物の生息域と温暖性植物の生息域の中間点の問題についても、身延町教育委員会のA氏に直接取材している。

するとA氏からは、この暖地性植物の生息域と温帯性植物の生息域の中間点は、近年の地球温暖化によって徐々に北上してきているという回答を得た。

つまり現在のところ、暖地性植物の生息域と温帯性植物の生息域の中間点は身延山周辺にあるけれども、地球温暖化がはじまる以前においては、現在よりももっと南側にあったというのである。

したがって、日蓮が生きていた時代である鎌倉時代においては、身延山周辺は楠木などの暖地性植物の生息域には入っていなかったということなのである。であるならば、日蓮が生きていた時代に、身延山周辺には自生の楠木というものは、存在していなかったということだ。

 

このように実際に現地に行って、いろいろ取材・調査を重ねていくと、次から次へと、面白いように、日蓮正宗、創価学会、顕正会、正信会といった日蓮正宗系カルト宗教団体の信者たちが言っているウソが暴かれて行ったのである。

やっぱり、現地調査をするに限りますね。

 

 

 

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