一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ

「一般社団法人 仏教宗学研究会」とは任意団体として2005年から活動している会の名称。2018年5月に一般社団法人登記。当ブログ名を「仏教宗学研究会のブログ」から「一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ」に改名。 「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判・糾弾は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」が管轄。「一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。「仏教宗学研究会」と「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」は表裏一体の同体異名。日蓮正宗、創価学会・SGI・顕正会・正信会、さらに富士門流執着軍団…らを批判する主旨は同じ。 (背景写真は高野山真言宗総本山・高野山奥の院灯籠堂参道)

2012年11月

■池上本門寺7(誰でも受けられる御開帳2)

 

私は、池上本門寺大堂の内陣の大前机のすぐ前に座ったわけですが、ここから日蓮祖師像がよく見えただけではありません。

その日蓮祖師像の真後ろに、日蓮の大曼荼羅本尊が祀られているのが、はっきりわかりました。

私が見た感じとしては、立正安国会の御本尊集81・臨滅度時本尊を板に模写彫刻したレプリカ板本尊のように思えました。

御開帳が終わった後、池上本門寺の僧侶に尋ねたところ、日蓮祖師像の後ろに祀られている大曼荼羅本尊は、板本尊であるということでした。

池上大堂・日蓮1


 

後で池上本門寺刊行本「霊寶殿」に載っている日蓮祖師像の写真をよく見ると、祖師像の真後ろに、レプリカ板本尊が写っているのに気づきました。しかしこれは、御開帳を受けるまで、気づきませんでした。

 

さて若い僧侶が大堂の御宮殿に上って、火打ち石?をカチカチ鳴らした後、御開帳の読経がスタート。御宮殿に上った若い僧侶がマイクを握って読経をはじめました。

私は読経はしませんでしたが、僧侶が法華経の方便品を読経しているのは、なんとなくわかりました。方便品の十如是が終わった後、おそらく如来寿量品の読経に入ったのだと思います。

すると、須弥壇の脇から別の若い僧侶が出てきて

「ご焼香をどうぞ」

と一声。私はずーっと正座をしていたのですが、すぐ前の大前机にあった焼香台に進み出て焼香。ちなみに読経していた僧侶は薄墨色の衣に鼠色の袈裟。焼香の案内に来た僧侶は、薄墨色の衣のみ。

読経が終わった後は、「なむみょうほうれんげきょう」の唱題。太鼓は叩きませんでした。

その唱題は、ものの1分もしないうちに終了。その後は、僧侶が日蓮の遺文(御書)を三つほど読み上げていました。

最後に「なむみょうほうれんげきょう」の題目(玄題)を三回唱えて終了。

 

御宮殿の上でマイクを握って読経をしていた僧侶が、須弥壇の宝前にあった「お札」を持ってきて、私に渡してくれました。

御開帳御札1
 

 

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

■池上本門寺6(誰でも受けられる御開帳)

 

池上本門寺大堂でも、御開帳という儀式があります。

普通、御開帳というと、普段は須弥壇の扉が閉められていて、儀式・法要が行われる時のみ、扉が開けられるのを御開帳とか御開扉と呼びますが、池上本門寺・大堂の場合は、普段から須弥壇の扉は開けられたままになっています。

扉は開けられたままになっているとは言っても、大堂の内陣と外陣の境界には、網が張ってあって、正面の日蓮祖師像がよく見えないようになっています。

大堂正面入り口から入ってきた参拝客は、ここでお賽銭を入れ、お詣りをして帰るわけですが、御開帳というのは、内陣の中に入って、かなり至近距離から日蓮祖師像を拝することができるというわけです。

 

池上本門寺の僧侶に、御開帳の主旨を尋ねたところ

□御開帳は、日蓮宗の信者であるなしにかかわらず、池上本門寺参拝の人であれば、誰でも受けることが出来る

□御開帳を行う時刻は特に決まっておらず、申し込みがあった時点で、毎日10時~15時の間であれば、随時、受け付けている。

□申し込みが一人の場合でも、御開帳を行う

□御開帳の儀式そのものは約15分くらいで、僧侶の読経・焼香・唱題の後、お札が下附される

□御開帳料は3000円から

ということでした。

というわけで、大堂の日蓮祖師像を間近に見ることが出来るので、私も一度だけ、大堂の御開帳を受けたことがあります。

 

ただし、いつでも受け付けている、とは言っても、お会式や大きな法要がある日は、池上本門寺に大勢の参拝客が来るほか、どこかの寺院・教会・結社の団体参拝があり、団体参拝で池上本門寺に来た人たちの御開帳が行われているのを、よく見かけます。

こういう時は、大堂の中は、団体参拝の他に、大勢の一般参拝の人が詰めかけていて、個人や家族単位の御開帳を受けているどころではないように見受けられます。

私が御開帳を受けた日は日曜日でしたが、一般参拝の人はたくさんいましたが、堂内は法要がある日ほど、ごった返してはいませんでした。

大堂3
 

続きを読む
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

■池上本門寺5(日蓮像の文化庁の見解2)

 

○「池上本門寺の日蓮聖人御尊像を鑑定するに当たって、炭素14年代測定法による測定ないしは鑑定が行われたのですか」

□係官「いいえ。炭素14年代測定法というのは、文化財の一部を取り出すものですから、文化財にキズをつけることになります。したがって文化庁は、炭素14年代測定法は採用しておりません」

 

○「日蓮聖人像というのは、全国各地の日蓮宗・法華宗などの日蓮を宗祖とする寺院に行くと、けっこうあっちこっちの寺院に祀られています。ひとつやふたつぐらいではありません。

そういう中で、池上本門寺の日蓮聖人像が国の重要文化財に指定されていて、他の寺院の日蓮聖人像は重要文化財に指定されていないという、この違いはどこにあるのですか」

□係官「日蓮聖人像の場合は、国宝・重要文化財のジャンルの中では、美術工芸品の指定ということになります。美術工芸品が重要文化財に指定されるかどうかのポイントとしては

(1)出来具合が良いものであるかどうか、ということ

(2)歴史的に古いものであるかどうか、ということ

(3)歴史的な意義があるかどうか、ということ

この三点になります。

(2)の歴史的に古いかどうか、ということは、例えば、江戸時代に製作された日蓮聖人像よりも鎌倉時代に製作された日蓮聖人像のほうが、重要文化財に指定される、ということになります。鎌倉時代のほうが古いわけですから」

 

○「歴史的に古いものということであれば、例えば静岡県富士宮市の北山本門寺・御影堂にある日蓮聖人像は、日蓮聖人在世の時代に造立されたものであると、北山本門寺は自称しています。

もしこれが本当だとしたら、北山本門寺の日蓮聖人像は、重要文化財に指定されている池上本門寺の日蓮聖人像よりも古い、ということになります。

では池上本門寺の日蓮聖人像よりも古い北山本門寺の日蓮聖人像が重要文化財に指定されていないのは、どうしてですか」

□係官「先程申しました、当方の専門の調査官による調査鑑定が行われているのかどうか、という点があります。製作年代が古い、ということが寺伝等で謳われておりましても、調査官の調査が済んでいなければ、重要文化財に指定されるということはありません」

 池上大堂・日蓮1

続きを読む
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

■池上本門寺4(日蓮像の文化庁の見解1)

 

私は、池上本門寺・大堂(祖師堂)に祀られている日蓮祖師像(木像)が、国の重要文化財に指定されている事実は大変重いものがあると考えました。そこでこの詳細を確かめようと、東京・霞ヶ関の文部科学省にある文化庁に問い合わせをして、取材しました。

私の問い合わせに対して、文化庁の国宝・重要文化財指定の係官が応対し、話を聞くことができました。以下は、私と係官のやりとりの主要部分の抜粋です。

 

○「東京・池上の日蓮宗・池上本門寺の大堂に祀られている日蓮聖人御尊像が国の重要文化財に指定されている件について、詳しいことをお聞きしたい」

係官「はあ、そうですか」

 

○「池上本門寺が発行した『霊寶殿』という名の本によれば、この日蓮聖人御尊像が造立されたのが、正応元年(1288)になっており、日蓮聖人第七回忌の折りに六老僧の日持上人と中老・日浄上人が願主になったと書いてあります。

国がこの日蓮像を重要文化財として指定したということは、この「正応元年造立」ということを史実として公認した、ということで間違いないでしょうか。そのあたりの詳しい意味を教えて戴けませんか」

係官「重要文化財の指定にあたりましては、私どものほうで、専門の調査官がおりまして、事前に調査をしております。それから重要文化財指定の意味についてですが、文化財保護の網をかぶせると言うことです。

これは具体的に言いますと、まずは修理について国から補助金が出ること。

それともうひとつは、勝手に保存にあわない修理を行わせない、保存にあわない修理を禁止する、ということです。国の重要文化財指定は、文化財を後世にのこすという点が大きな主眼です」

 

○「ということは、重要文化財の指定は、あくまでも文化財保護のため、というもので、文化財そのものの真贋(本物かニセモノか)は、関係ないということですか」

係官「そういうわけではありません。お尋ねの池上本門寺の日蓮聖人像が重要文化財に指定されたのは、戦前の昭和3817日のことで、これは現在の文化財保護法によるものではなく、戦前の国宝保存法によるものです」

 池上大堂・日蓮1

続きを読む
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

■池上本門寺3(文化財に贋作・偽作はないのか)

 

さて池上本門寺大堂の日蓮祖師像は、池上本門寺の公式見解では、日蓮七回忌の折りに造立されたとなっています。池上本門寺が刊行している正式文献「霊寶殿池上本門寺の御霊宝と文化遺産」によれば、日蓮・祖師像について、以下のように書いてあります。

 

「日蓮聖人御尊像  正応元年(1288) /重要文化財

 

日蓮聖人7回忌にあたり、六老僧の1人である日持聖人と日浄聖人が願主となって造立された等身大の坐像で、大堂に奉安されている。胎内には御真骨を収めた銅筒があり、その側面に

『弘安五年壬午十月十三日巳刻 御遷化/大別当 大国阿闍梨日朗/大施主 散位大仲臣宗仲』

他の刻名がある」

(「霊寶殿池上本門寺の御霊宝と文化遺産」p1)

 

注目すべき事は、この日蓮祖師像が国の重要文化財に指定されているということです。

国宝にしろ、重要文化財にしろ、正式に指定を受けるまでの過程に於いて、鑑定が行われているということです。ということは、少なくとも「贋作」が国宝や重要文化財に指定されると言うことは、あり得ないと言うことになります。

これと同じようなことが、国立博物館で行われる展示についても言えます。

贋作や偽作とされるものが、国立博物館で正式に展示されるということはあり得ません。贋作や偽作が「本物」として、国立博物館で展示されたら、それこそ大変です。下手をすれば、政府・文化庁の責任問題に発展しかねません。

 

国宝や重要文化財の指定に当たっては、文化審議会からの指定に関する諮問に至るまで、さまざまな調査・鑑定が行われている、ということですが、それならば

「文化財に指定されているものの中には、贋作や偽作がひとつもないのか」

という話になるわけです。

ここが微妙なところになるわけで、今回の池上本門寺・日蓮祖師像の他にも、文化財についていろいろ調査していく中で、いろいろなことがわかってきました。

文化財の中には、国で指定している文化財の他に、都道府県で指定している文化財、市区町村で指定している文化財もあります。都道府県の文化財や市区町村の文化財の中には、国が行っている調査・鑑定には、かなりほど遠い調査しか行っていないものもあるようです。

これについては、追々、書いていく予定ですが、今回の池上本門寺・日蓮祖師像は、国が指定している重要文化財ということですので、文化庁に問い合わせた、ということです。

 

文化庁1
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

■池上本門寺2(国の重要文化財の祖師像)

 

池上本門寺で有名なのは、まず大堂に祀られている日蓮・祖師像です。この祖師像は、国の重要文化財に指定されています。

大堂の中にある説明書きには、次のようにあります。(大堂内は写真撮影禁止であるため、文章を書き出します)

 

「日蓮大聖人御尊像

日蓮大聖人第七回忌に当たる正応元年(1288)に造立されたもので、気魄に満ちた御顔は、ご生前の真容をよく伝え、肖像彫刻としても鎌倉時代の傑作の一つに挙げられている。像高二尺八寸三分の木彫寄木造り、ご胎内には御聖骨を納めた銅筒があり、右手には母君妙蓮尼の遺髪を加えて作られたものと伝えられる払子を、左手には紺紙金泥の法華経経巻を捧持。

昭和二十年四月の大空襲にも難を免れた御尊像は、永遠に格護されるべき人類の至宝である。

 

大堂

昭和二十年(1945)四月十五日の大空襲で、全山の堂宇五十余棟を焼失した本門寺は、全国檀信徒の寄付丹精によって、昭和三十九年に大堂を再建した。

日蓮大聖人御尊像を奉安する大堂は、鉄筋コンクリート造り本瓦葺、入母屋屋根、間口十八間、奥行十九間半、高さ九十三尺(30メートル)、屋根瓦枚数69849枚、のべ面積820坪、大堂は日蓮大聖人のご精神と七百年の歴史を伝える法華経御題目布教の道場である」

 

大堂内は写真撮影禁止であるため、大堂内にある「日蓮大聖人御尊像」「大堂」の説明書きは筆写しました。日蓮祖師像の写真は、「霊寶殿—池上本門寺の御霊宝と文化遺産」に載っている写真です。

大堂はかなり大きな建物で、間口十八間、奥行十九間半の広さは、日蓮宗寺院建築の中でも最大級の堂宇だと思います。

これより大きい建物というと、身延山久遠寺本堂が間口十七間半、奥行き二十八間あります。しかし、池上本門寺大堂より大きな堂宇というのは、日蓮宗では、そんなにはないと思います。

 御会式22大堂

続きを読む
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

■池上本門寺1(宗務院・日蓮入滅の霊跡)

 

池上本門寺とは、住所でいうと東京都大田区池上一丁目、交通でいうと東急池上線池上駅から約10分ほどの所にあるする日蓮宗大本山の寺院。日蓮宗は祖山・身延山久遠寺を筆頭に、大本山が七ヶ寺ありますが、その七ヶ寺のひとつ。

正式名は長栄山本門寺と言いますが、古くより池上本門寺と呼ばれてきた寺院。

また日蓮宗・日蓮正宗・日蓮本宗・法華宗などの宗祖・日蓮が入滅した霊場として有名な所である。もともとは日蓮の信者であった池上宗仲の邸宅であった所である。池上邸のあった所は、現在、大坊本行寺となっています。

そして大本山ながら日蓮宗宗務院が置かれており、さらに日蓮宗機関紙「日蓮宗新聞社」がある寺院である。面白いのは、日蓮宗宗務院、日蓮宗新聞社が祖山であり、総本山である身延山久遠寺ではなく、池上本門寺に置かれていること。日蓮宗の管長は、身延山久遠寺法主と大本山貫首がランダムに就任しており、池上本門寺の酒井日慈現貫首も、以前は日蓮宗管長だったことがあります。(日蓮宗現管長は、内野日総・身延山久遠寺法主)

そして池上本門寺は、日蓮の祥月命日の法要である、毎年101113日に行われる「お会式」が有名である。

ここの「お会式」は3日にわたって行われ、特に1012日晩の御逮夜に繰り出される万灯練り行列には約30万人の参拝者が本門寺を訪れると言われている。確かに1012日夜は、この行列の影響で、池上通りも交通規制が敷かれるほどである。

万灯練り行列とは、この日の午後18時から、池上徳持会舘より本門寺までの約2キロにわたって百数十講中、総勢約三千人もの万灯練り行列が池上の町を練り歩くもの。この行列で、池上の町は、深夜までものすごい人出で賑わっている。

本門寺周辺には、賑々しいテキ屋の出店も立ち並んで、池上本門寺のお会式は、池上の町をあげての壮大なお祭という印象をもちました。

それにしても3日間で約30万人の参詣者があるのですから、驚きです。ここの御会式に行ったときの詳細については、後述します。

 

こういったようなことから、池上本門寺は大本山ながら、その地位は限りなく総本山に近いという言い方ができると思います。

私も、寺跡調査の他、霊寶殿の見学や初詣、御会式などの法要等、けっこう池上本門寺に来ています。霊寶殿は毎月1回、展示替えをしているので、展示替えがあるたびに、行くようにしています。私も東京に住んでいるので、地方にある寺院よりは、ここには来やすい、ということがあります。

大堂3
 

続きを読む
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

↑このページのトップヘ