一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ

「一般社団法人 仏教宗学研究会」とは任意団体として1985年から活動している会の名称。2018年5月に一般社団法人登記。当ブログ名を「仏教宗学研究会のブログ」から「一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ」に改名。 「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判・糾弾は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」が管轄。「一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。「仏教宗学研究会」と「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」は表裏一体の同体異名。日蓮正宗、創価学会・SGI・顕正会・正信会、さらに富士門流執着軍団…らを批判する主旨は同じ。 (背景写真は高野山真言宗総本山・高野山奥の院灯籠堂参道)

2013年04月

■大名時計博物館3・(フランシスコ・ザビエルがもたらした機械時計)   □日本に機械時計が伝来したのは1551年にフランシスコ・ザビエルがもたらした機械時計   さて大名時計博物館に、大石寺「丑寅勤行」の謎とウソを暴くカギがあった。 大名時計博物館の展示・資料 ...

■大名時計博物館2・(丑寅勤行の謎を追って訪れた大名時計博物館2)   □大石寺の深夜2時から4時の丑寅勤行の謎を追って訪れた大名時計博物館2   日蓮正宗では、二祖日興の時代から丑寅勤行が行われていた証拠文献として「日興跡条条事」を挙げる。ところが、「日興跡 ...

■大名時計博物館1・(丑寅勤行の謎を追って訪れた大名時計博物館)   □大石寺の深夜2時から4時の丑寅勤行の謎を追って訪れた大名時計博物館   「本当に日興在世の時代の大石寺では、深夜2時から4時の時刻に丑寅勤行を行っていたのか」 こういう単純な疑問を解き明か ...

■佐野妙顕寺5(斉藤日軌猊下・拝謁記3)   さて話題は、最後の質問である佐野妙顕寺に格蔵されているという日蓮真骨について。   ○私「佐野妙顕寺さんの公式ウエブサイトによれば、佐野妙顕寺さんには、日蓮聖人の御真骨が格蔵されているとのことですが、これはどの ...

■佐野妙顕寺4(斉藤日軌猊下・拝謁記2)   □猊下「まあ、地獄に堕ちる時は堕ちちゃうんだけどねえ。(苦笑)。でも大石寺の『戒壇の大本尊』を否定したからといって、地獄に堕ちちゃうということは、あり得ませんねえ。(苦笑)」 ○私「現実問題としては、日蓮正宗や創価 ...

■佐野妙顕寺3(斉藤日軌猊下・拝謁記1)   私が中に通された佐野妙顕寺庫裡の応接間らしき座敷の一室は、中央に大きなテーブルが置いてあり、斉藤日軌貫首猊下と私が向かい合って座った。座敷のむかって右側には、保田妙本寺に格蔵される「万年救護の大本尊」の大きなレ ...

■佐野妙顕寺2(猊下から庫裡の応接間の座敷に通される)   □斉藤日軌貫首猊下から佐野妙顕寺庫裡の応接間の座敷に通される   佐野市とは栃木県南西部に位置する市で、一説によれば、日本列島の中心に位置しているとも言われている都市。関東近県にある都市ですが、東 ...

■佐野妙顕寺1(「日蓮宗の戒壇」という著書をもつ斉藤日軌猊下)   □「日蓮宗の戒壇」という著書をもつ斉藤日軌猊下が第49世貫首として当住する佐野妙顕寺   佐野妙顕寺とは、栃木県佐野市堀米町にある、日蓮宗の本山・由緒寺院で、正式名は開本山妙顕寺。ここは1294 ...

■京都本能寺8(大石寺の種脱勝劣は日陣・日隆門流のパクリ3)   □大石寺9世日有の本迹勝劣・種脱勝劣は京都・日隆門流教学のパクリ・アレンジである   大石寺教学の本迹勝劣・種脱勝劣が法華宗勝劣派の日陣門流のパクリなのか。あるいは日隆門流のパクリなのか、とい ...

■京都本能寺7(大石寺の種脱勝劣は日陣・日隆門流のパクリ2)   □非常によく似ている大石寺の本迹勝劣・種脱勝劣と法華宗勝劣派・日陣・日隆門流教学   日蓮を宗祖とする宗派の中でも、大石寺(日蓮正宗)を含む富士門流(日興門流)、顕本法華宗(妙満寺派)、日陣門流( ...

■京都本能寺6(大石寺の種脱勝劣は日陣・日隆門流のパクリ)   □非常によく似ている大石寺の「種脱勝劣」と日陣「寿量一品正意」・日隆「八品正意」教学   大石寺の「本迹勝劣」が日陣門流・日隆門流の「本迹勝劣」のパクリであれば、それでは大石寺の「種脱勝劣」は ...

■京都本能寺5(大石寺の本迹勝劣は日隆門流のパクリ)   □本迹勝劣・種脱勝劣の「百六箇抄」成立は日陣・日隆の本迹勝劣義よりも後のことである   かつて日蓮正宗の日蓮本仏義が中古天台宗の恵心流本覚思想・口伝法門のパクリであるという説に疑義を唱え、これをベー ...

■京都本能寺4(京都本能寺の約450年で五度の災禍)   □京都本能寺が約450年で五度の災禍を受けたのは、はたして本当に多いのか   本能寺の「能」の字は右側の2つの「ヒ」が「去」のような字に替えられている。これは本能寺が度重なって焼き討ちに遭い、だいたい70年 ...

■京都本能寺2(本迹勝劣・本門八品正意を唱えて四条門流から分立)   □戦災・火災による焼失で現在の本堂は創建から第七次建立になる京都本能寺本堂   鉄筋ビルになっている本能寺「大宝殿」では、本能寺重宝類の展示が行われていて、数人の人が見学に来ていました。 ...

■京都本能寺1(本能寺の変で有名な京都・本能寺)   京都本能寺とは、法華宗本門流の四大本山のひとつで、八品派の門祖・日隆が開山になっている祖山。一般的には、織田信長が家臣・明智光秀によって誅殺された「本能寺の変」があった寺院として、あまりにも有名。 有名 ...

■池上本門寺39(大石寺常唱堂は池上本門寺常唱堂のパクリ)   □自然に参詣者が多くなり常に題目を唱える道場として知られるようになった池上本門寺常唱堂   池上本門寺の仁王門をくぐったすぐ左側の子院に「日朝堂」という堂宇がある。日朝堂は、身延山久遠寺第11世 ...

■池上本門寺38(2013節分会2)   特設ステージがある池上本門寺大堂前は、それこそ立錐の余地もないくらい満員にならんばかりの大勢の参詣人が詰めかけている。そういう中を池上警察署の他、警視庁の車が停まっていて、警察官が交通整理を行っている。警察官が 「肩車を ...

■池上本門寺37(2013節分会1)   2013年2月3日は、池上本門寺の節分会に参詣しました。 日蓮宗大本山・池上本門寺は、法要が行われるときは、大勢の参拝人がつめかける寺院で特に有名。池上本門寺の最大の行事は、毎年10月11日~13日に行われる御会式である。中でも10月 ...

■鎌倉妙本寺4(本堂は南面・祖師堂は西面)   □堂宇・伽藍を南面して建てない理由は地形的・設計的な理由によるものか(?)   鎌倉妙本寺の境内は、実に広大な敷地なのですが、広い割には、堂宇・伽藍が少ない寺院に見える。京都妙伝寺、京都妙顕寺、京都本能寺のよう ...

■鎌倉妙本寺3(『臨滅度時の本尊』を格蔵する鎌倉妙本寺)   □池上本門寺からの分骨か(?)鎌倉妙本寺に格蔵される日蓮の真骨(頂骨5片)   池上本門寺と妙本寺は、両山一首制で一人の住職が管理していた。江戸時代には池上本門寺に貫首がおり鎌倉妙本寺は司務職とし ...

■鎌倉妙本寺2(なぜ比企能本だけが生き残ったのか)   □なぜ比企能員の乱で比企能本(大学三郎能本)だけが比企能員の乱で生き残ったのか   鎌倉妙本寺の境内は実に広い。ここが鎌倉幕府の有力御家人・比企能員の屋敷跡ということだから、鎌倉時代初期のころの比企一族 ...

■鎌倉妙本寺1(比企能員の変で滅亡した比企氏館跡)   □比企能員の変で滅亡した比企氏館跡に建っている日蓮宗本山・鎌倉妙本寺   鎌倉妙本寺とは、神奈川県鎌倉市大町にある日蓮宗の本山(霊蹟寺院)で、鎌倉駅東口から徒歩10分ぐらいのところにある。正式名称は長興 ...

■天母山2(日教の天生ヶ原戒壇説と日辰の天母山戒壇説)   □なぜ大石寺僧・左京阿闍梨日教の文書「類聚翰集私」にはじめて「天生原」が出てくるのか   日蓮、日興の教説にない天母山戒壇説を、なぜ大石寺僧侶・左京阿闍梨日教(本是院日叶)や京都・要法寺13世貫首・広 ...

■天母山1(戒壇論争で登場する天母山)   日蓮正宗、創価学会、顕正会、正信会の関係者であれば、この「天母山」という名前は、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。これは天母山と書いて、「あんもやま」と読みますが、これは日蓮正宗、創価学会、顕正会の間で ...

■上井出・御穴3・大石寺52世鈴木日霑と北山本門寺34代玉野日志の霑志問答に出てくる御穴調査3   私は、車で人穴から富士宮市役所に行き、市役所の駐車場にすべり込んで車を停め、市庁舎の中に入っていきました。入っていったのはいいのですが、さて、どの係の、誰に聞 ...

■上井出・御穴2・大石寺52世鈴木日霑と北山本門寺34代玉野日志の霑志問答に出てくる御穴調査2   日蓮正宗大石寺が「戒壇の大本尊」偽作を秘匿・隠蔽するためにデッチ上げた「御身代わり板本尊」の「御穴伝説」を、日蓮正宗大石寺59世法主堀日亨が、否定しているから面 ...

■上井出・御穴1・大石寺52世鈴木日霑と北山本門寺34代玉野日志の霑志問答に出てくる御穴調査1   富士宮市の「人穴」と言うと、「何ですか、それは」と言われてしまいそうですが、この人穴は、日蓮正宗大石寺の「戒壇の大本尊」偽作問題に関連する調査活動の一環として ...

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