仏教宗学研究会のブログ

「仏教宗学研究会」とは会の名称。「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判・糾弾は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」が管轄。「仏教宗学研究会のブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。「仏教宗学研究会」と「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」は表裏一体の同体異名。日蓮正宗、創価学会・SGI・顕正会・正信会、さらに富士門流執着軍団…らを批判する主旨は同じ。 (背景写真は高野山真言宗総本山・高野山奥の院灯籠堂参道)

「仏教宗学研究会」とは「アンチ日蓮正宗」管理人が設立した会の名称。この会の中で、「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。
「仏教宗学研究会のブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。富士門流執着軍団批判は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄だが、「日蓮正宗系」以外の富士門流寺院の調査・研究は「仏教宗学研究会のブログ」の管轄。
「仏教宗学研究会」への誹謗中傷に対する反撃・糾弾は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。
さらに正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」の公式サイト「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」から、カルト宗教対策、カルト宗教取締特別立法、カルト宗教拡散防止条約制定の活動部分を独立させたものが「国際カルト宗教対策委員会(Icat-Cult)」

□正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」(アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ)
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2013年09月

保田妙本寺(4)~日蓮正宗中枢から疎外されてきたことに強い不満を持って離脱を画策した鎌倉日桜貫首

■中谷山妙本寺(保田妙本寺)4(保田妙本寺・松本勝弥グループ潰しの謀略戦争2)

 

□室町時代の頃から大石寺9世日有偽作教学のお追従をしてきた保田妙本寺歴代貫首

 

保田妙本寺では、室町時代に11世日要、14世日我等の学者貫首を輩出して、冨士門流でも独自の妙本寺教学を展開したが、その内容は、保田妙本寺11世日要による大石寺9世日有が唱えた「事の戒壇」へのお追従、さらには百六箇抄、本因妙抄等を中心に日蓮本仏義を立てるもので、大石寺教学とほとんど同じと言える。保田妙本寺14世日我も、自らの著書で「久遠寺の板本尊、今大石寺に在り。大聖人存日の時の造立なり」などと、大石寺の「戒壇の大本尊」を肯定してしまっている。よって保田妙本寺歴代貫首の教学となると、「万年救護の大本尊・日蓮本懐説」どころか、少なくとも室町時代には、大石寺9世日有の教学と、ほとんど大差ないものになっている。

又、江戸時代の17世紀後半、保田妙本寺貫首・日濃により「万年救護の大本尊」が寺外に持ち出され、質入れされるという重大事件が起きている。「万年救護の大本尊」は上古の昔から保田妙本寺が格蔵してきた重宝本尊ではあったが、保田妙本寺の歴代貫首は「万年救護の大本尊・日蓮本懐説」までは誰も唱えてはいない。

その保田妙本寺は50世富士日照貫首の代、昭和32(1957)4月、本山妙本寺と末寺・本顕寺、本乗寺、顕徳寺、遠本寺の本山末寺4ヶ寺が日蓮正宗に合同した。時の大石寺法主は第65世堀米日淳であり、戸田城聖が在世の「折伏大進撃」で信徒数を急激に増加させていた時代である。

千葉・本顕寺住職・佐野知道氏が平成791日付け「継命」に寄せた寄稿論文によれば、保田妙本寺は日蓮正宗との合同当初から、大石寺とはかつて冨士門流八本山で日蓮宗興門派を造った経緯もあり、法的立場とは別に、寺格は大石寺と同等とされた、とする。この佐野知道氏の「大石寺・保田妙本寺対等寺格説」は、あながち間違いだとは言えない。なぜならば、昭和32(1957)830日、日向本山定善寺で執り行われた「日蓮正宗帰一奉告法要」にて、保田妙本寺50世富士日照貫首が列席して、「奉告文」を奉読しているが、その中で保田妙本寺50世富士日照貫首は、最後の一文に「日蓮正宗本山妙本寺第五十世嗣法日照」と記している。

「嗣法」とは日本国語大辞典によれば「仏語。法統を受けつぐこと。弟子が師の法をつぐこと。また、その弟子。禅家でいう。」と載っている。日蓮正宗でも「嗣法」という語句を使うが、通例は大石寺法主のみが使う仏語である。また富士日照貫首は「奉告文」の中で、「本因妙の教主南無日蓮大聖人、御開山日興上人日目上人、久妙両山開基日郷上人等来臨影響知見照覧の御宝前に於いて謹んで言さく…」と述べており、大石寺歴代法主の法系譜ではなく、保田妙本寺・小泉久遠寺の法系譜を述べている。つまり保田妙本寺・小泉久遠寺の法系譜の「嗣法」という意味を述べていると思われるが、この日向本山定善寺の「日蓮正宗帰一奉告法要」には大石寺65世堀米日淳法主が下向して「慶讃文」を自ら奉読している。つまり堀米日淳法主来臨の法要で、富士日照貫首は保田妙本寺・小泉久遠寺の法系譜を奉告文で読み上げて「嗣法」と称しているわけだから、大石寺も実質的に保田妙本寺に対して、同格の寺格を黙認していたものと思われる。

 

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コーヒータイム(2)~戦争・紛争を続発させている某宗派は4年に1度は紛争をやめよと言っても無理な話か

□戦争に明け暮れていた時代の中で生まれた「平和の祭典」古代オリンピック・近代オリンピック

 

日本時間の98日午前5時、ブエノスアイレスで開かれていた国際オリンピック委員会総会は、2020年の夏季オリンピック開催地を東京に決定。私のまわりでも、夜通し、テレビやインターネットのニュースを注目していた人がたくさんいました。

近代オリンピックとは、国際オリンピック委員会(IOC)が夏季と冬季に開催する大会で、これは古代ギリシアのオリンピアの祭典をもとにして、世界的なスポーツ大会を開催する事をフランスのクーベルタン男爵が19世紀末のソルボンヌ大における会議で提唱、決議された。

古代オリンピックとは、古代ギリシアのエーリス地方、オリュンピアで4年に1回行われた当時最大級の競技会であり、祭典。紀元前9世紀から紀元後4世紀にかけて行われていた。もともとオリンピア祭は、ギリシャ神話に出てくるものだという。

近代オリンピックの元になった古代オリンピックの起源であるが、

「伝染病の蔓延に困ったエーリス王・イーピトスがアポローン神殿で伺いを立ててみたところ、争いをやめ、競技会を復活せよ、という啓示を得た。イーピトスはこのとおり競技会を復活させることにし、仲の悪かったスパルタ王・リュクールゴスと協定を結んだ。こうしてエーリス領地内のオリュンピアで始まったオリンピックだが、最初のうちの記録は残っていない。記録に残る最初のオリュンピア祭は、紀元前776年に行われた。古代オリンピックの回数を数えるときには、この大会をもって第1回と数えるのが通例である。」(古代オリンピック・フリー百科事典・Wikipedia)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF

私の子どもの頃、たしか学校で「昔のヨーロッパは戦争ばかりやっていたので、4年に1度は戦争をやめてスポーツの祭典をやろう、ということではじまったのがオリンピック」と教わった記憶がある。古代オリンピックの主旨としては、そんなにまちがった教わり方ではなかったように思う。

1896年のアテネ大会からはじまった近代オリンピックは、今や平和の祭典の象徴のようになった感がある。19世紀といえば、まさにアメリカもヨーロッパも戦争に明け暮れていた時代のこと。だから、古代オリンピックも近代オリンピックも、戦争に明け暮れていた時代の中で生まれた「平和の祭典」という言い方ができるのではないか。

 

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保田妙本寺(3)~保田妙本寺歴代貫首で『万年救護本尊・日蓮出世の本懐説』を唱えた人物は一人もいない

■中谷山妙本寺(保田妙本寺)3(保田妙本寺・松本勝弥グループ潰しの謀略戦争1)

 

□創価学会・山崎師団による保田妙本寺・松本勝弥グループ潰しの『謀略戦争』の顛末1

 

元創価学会顧問弁護士・山崎正友氏が池田大作に反旗を翻した後に執筆した告発本「闇の帝王・池田大作をあばく」の中で、1972(昭和47)当時、「山崎師団」が全力で「松本潰し」の謀略活動を展開した具体的な内容について、詳しく執筆している。

「ショッキングな学会批判書

昭和47(1972)10月、“蓮悟空”なるペンネームで、『変質した創価学会』という題名の学会批判書が出版された。調査の結果、筆者は、ルポライターのI氏とわかったが、情報提供者は当時民音職員であった松本勝弥氏夫妻、東洋物産社員梶谷氏、それに聖教新聞記者数名であると確認できた。創価学会にとっては、大幹部で、本部職員でもある人たちの、まことにショッキングな、造反であり、内部告発であった。引きつづいて、松本勝弥氏らは集団で、“正本堂御供養金返還訴訟”を提起した。公然と反旗を翻したわけである。この松本勝弥氏夫妻は、(日蓮正宗)総本山大石寺の戒壇の大御本尊はにせものであり、保田妙本寺の“万年救護の御本尊”こそ、ほんものである、という信仰上の立場をとり、創価学会にとっては、まさに異端であった。(松本勝弥氏の)夫人のほうは、すでに1年前に創価学会を退会している。創価学会の中枢である本部の職員(民音など、外郭団体も本部職員と考えられており、本社や事務所にはそれぞれ仏間があり、池田専用室があり、朝礼のときは、池田大作の指導が伝えられ、信仰の指導が行われていた)が、宗教上、異端をとなえていて、なおかつ、職場に居座っていられるものか。それを許していて良いものか。少なくとも、本部全体の士気に重大な影響を及ぼし、かつ会員に不信と動揺を与えることだけは事実だった。とにかく

『学会の内情をすっぱ抜く男を本部職員で置いていたら何をされるかわからない。信心指導もできない』というのが本部側の悩みなら、

『民音といっても、我々(創価学会員)が御供養の精神で歌謡ショウなどの券を買って支えている。その金で、謗法の人間を養って良いのか』というのが、学会員の不満だった。結局、何としてでも(松本勝弥氏を民音から)追い出そうということになった。その作戦と行動すべてについて私(※山崎正友氏)が指揮をとった。松本氏の側は、これを見越して、何とか居座って内部攪乱をしようとの作戦に来た」(山崎正友氏の著書『闇の帝王・池田大作をあばく』p186188)

 

松本勝弥氏は「大石寺の『戒壇の大本尊』はニセ物であり、保田妙本寺に格蔵されている『万年救護本尊』が日蓮の出世の本懐であるから、正本堂の供養金を返還せよ」と主張し、正本堂供養金返還訴訟を裁判所に提起。保田妙本寺51代貫首・鎌倉日桜氏を抱き込んで、保田妙本寺を日蓮正宗から独立させ、保田妙本寺を「反大石寺・反創価学会」の拠点にしようとした。

松本勝弥告発1 

(山崎正友氏の著書『闇の帝王・池田大作をあばく』)

 

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東京・上野の東京国立博物館特別展「和様の書」で『平家納経』等を見学

□巨大な経済力を有していた権力者・大寺院のみが成し得た装飾経の代表例「平家納経」

 

東京・上野の東京国立博物館特別展「和様の書」で、「平家納経」「御堂関白記」などを見学してきました。これは713日からずっとつづいていた特別展なのですが、最終日の98日、まさに滑り込みセーフで見学。上野公園の東京国立博物館に行ったのも、久しぶりでした。

東京国立博1 














(東京・上野の東京国立博物館特別展「和様の書」)

この展示は、85件の国宝・重要文化財をはじめ156件の展示で「和様の書」を紹介する特別展。主催は東京国立博物館、読売新聞社、NHKNHKプロモーション。後援は文化庁。

ここに出展された展示の数々は、まさに豪華絢爛で、平安時代の三跡、四大手鑑、三色紙などの名宝の他、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などの天下人の書、屏風、蒔絵などの美術工芸品からユネスコの世界記憶遺産に登録された藤原道長の日記「御堂関白記」などなど。平安時代の摂関政治の頂点を極めた藤原道長の自筆日記・国宝「御堂関白記」は、はじめて実見しました。

私が見学に行った日が特別展の最終日で、しかも日曜日ということもあり、ものすごい数の見学者で、展示前はくろだかりの人が立ち止まったままで見学しているため、なかなか思うように見学ができない。こういうのは、数年前に奈良国立博物館の「正倉院展」の見学に行ったときもそうでした。「正倉院展」のものすごい数の見学者にも、驚きました。

私が今回の特別展「和様の書」で見学したかったのは、いわゆる「装飾経」。竹生島経、浅草寺経、久能寺経などさまざまな装飾経が出展されていましたが、最大の目玉展示は国宝「平家納経」である。装飾経とは、仏教で使用される経典のうち、料紙に美麗な装飾を施した経典のこと。紫、紺などの染紙を用い、金銀泥で経文を書写したもの、料紙に金銀泥などで下絵を描き、金銀の箔を散らした上に書写したもの等々があり、一般的に日本の平安時代に権力者や貴族などの発願によって制作された美麗な経典を指す。平安時代には、紺色の紙に金泥で経文を書写する紺紙金字経が数多く制作された。

「装飾経」そのものは、けっこう全国各所で見学してきました。日本で最初の紺紙金字一切経は、白河法皇(10531129)が制作させたものだと言われている。平泉の奥州藤原氏初代清衡が、平和のために発願し、1126年に完成させた紺紙金銀字交書一切経、いわゆる中尊寺経は有名で、紺紙金銀字一切経は約5300巻あり、。そのうち中尊寺には15巻があり、その一部の複製を讃衡蔵で公開している。残りの大半は高野山金剛峯寺が所蔵する。

東北歴史博物館にも、奥州・藤原氏が制作させた紺紙金泥法華経が展示されている。東北歴史博物館の展示説明文によれば「(奥州・藤原氏は、平泉の)中尊寺や毛越寺などに都(京都)の流行を採り入れ、多大な財力を注いでいる。中には、工芸技術の枠を集めた中尊寺金色堂や紺色(こんいろ)の用紙に金字と銀字で書き写した一切経(紺紙金泥のお経)など、都にさえ見られないものがあった」とあり、当時まだ、紺紙金泥のお経は京都にもなかったと書いてある。

 

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保田妙本寺(2)~保田妙本寺51代鎌倉日桜貫首と檀徒の会話を電話盗聴していた創価学会・山崎師団

■中谷山妙本寺(保田妙本寺)2(鎌倉日桜貫首と檀徒の会話を電話盗聴)

 

□保田妙本寺51代鎌倉日桜貫首と檀徒の会話を電話盗聴していた創価学会・山崎師団

 

1970(昭和45)1972(昭和47)年にかけて、松本勝弥氏は「大石寺の『戒壇の大本尊』はニセ物であり、保田妙本寺に格蔵されている『万年救護本尊』が日蓮の出世の本懐であるから、正本堂の供養金を返還せよ」と主張し、正本堂供養金返還訴訟を裁判所に提起。保田妙本寺51代貫首・鎌倉日桜氏を抱き込んで、保田妙本寺を日蓮正宗から独立させ、保田妙本寺を「反大石寺・反創価学会」の拠点にしようとする運動をはじめた。

これに日蓮正宗大石寺・創価学会が神経をとがらせ、松本勝弥氏らを日蓮正宗信徒・創価学会会員から除名して対抗。創価学会は、顧問弁護士・山崎正友氏をリーダーとする「山崎師団」が、全力で「松本潰し」の謀略活動を展開し、保田妙本寺51代貫首・鎌倉日桜氏と松本勝弥氏らの反日蓮正宗・反創価学会グループの分断をはかった。このあたりの創価学会側の経緯を、当時の「山崎師団」を率いていた山崎正友氏が、著書「盗聴教団」の中で次のように告発している。

「昭和47(1972)10月、正本堂落慶法要終了直後、松本勝弥氏らの、いわゆる“蓮悟空事件”がおこった。“蓮悟空”というペンネームで、生々しい内部告発書が出版され、同時に“正本堂御供養金返還訴訟”が提起された。これと関連して、保田妙本寺(千葉県)という寺院が、檀徒をつのって日蓮正宗より離脱しようとする動きを見せた。その背後に、他宗派の扇動や脱退者の動きが見られた。さらに、昭和45(1970)以来、反学会運動をつづけてきた“創対連”(創価学会対策連盟)が、好機到来とばかり、やはり、全国的に“御供養金返還運動”を起こすべく、積極的な運動に乗り出した。…

保田妙本寺には、昭和48(1973)ごろから、数ヶ月間、門前の栄光建設株式会社(学会外郭企業)の飯場の二階の一室をアジトとし、電話盗聴、発信器による盗聴、見張り、追跡などを行った。飯場を借りることは、北条副会長(※北条浩四代会長・当時は副会長)が手を打ってくれた。そこに竹岡、北条の両名が盗聴器と録音機材とともに自炊道具を持ち込み、住み込んでことに当たった。電話盗聴は、宮本顕治宅とまったく同じ手口を用いた。すなわち、門前の電柱にある端子取り付け器に発信機を取り付けた。盗聴した内容は、まとめてカセットテープにダビングされ、私のもとに送られるが、重要な内容のときは、ただちに電話で直接、私のところに送られた。

このときは、失敗はなかった。盗聴され、録音された内容は、住職(※保田妙本寺51代貫首・鎌倉日桜氏のこと)と松本勝弥氏夫人の会話、その他、反学会的人物で、妙本寺(※保田妙本寺)に集まっていた人物との会話など、多岐にわたった。住職(※保田妙本寺51代貫首・鎌倉日桜氏)が北条副会長や私たちと会い、懐柔工作に応じるむね返事をして帰った後の会話などは、特に興味深かった」(山崎正友氏の著書『盗聴教団』p5354)

盗聴教団1 

((山崎正友氏の著書『盗聴教団』)

 

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