仏教宗学研究会のブログ

「仏教宗学研究会」とは会の名称。「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判・糾弾は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」が管轄。「仏教宗学研究会のブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。「仏教宗学研究会」と「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」は表裏一体の同体異名。日蓮正宗、創価学会・SGI・顕正会・正信会、さらに富士門流執着軍団…らを批判する主旨は同じ。 (背景写真は高野山真言宗総本山・高野山奥の院灯籠堂参道)

「仏教宗学研究会」とは「アンチ日蓮正宗」管理人が設立した会の名称。この会の中で、「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。
「仏教宗学研究会のブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。富士門流執着軍団批判は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄だが、「日蓮正宗系」以外の富士門流寺院の調査・研究は「仏教宗学研究会のブログ」の管轄。
「仏教宗学研究会」への誹謗中傷に対する反撃・糾弾は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。
さらに正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」の公式サイト「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」から、カルト宗教対策、カルト宗教取締特別立法、カルト宗教拡散防止条約制定の活動部分を独立させたものが「国際カルト宗教対策委員会(Icat-Cult)」

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2015年02月

真宗木辺派・錦織寺(3)~真宗木辺派本山錦織寺宗務庁の職員の方との本尊・教義・門主・和音等についての質疑応答

■真宗木辺派・錦織寺3(真宗教団連合・十派のちがい)

 

□本尊・教義は同じで歴史・御影堂の読み方・正信偈読誦の和音に違いがある浄土真宗十派

 

浄土真宗が十派に分かれているが、本尊、教義、化儀に違いはあるのか、ないのか。部外者から見ると、そこの所がわかりにくく見える。錦織寺は真宗木辺派の本山で、境内に宗務庁があるので、そこの職員に質問してみようと宗務庁を訪ねた。話しをいろいろと聞くよりも、錦織寺が公式に出版している書籍があれば手っ取り早い。そこで宗務庁の職員に「錦織寺が公式に出版している本はありませんか」と尋ねると、「ありますよ」との返事。それで職員があっちこっちの書棚を探したのだが、一般向けに出しているという書籍がなかなか見つからない。見つからないので、代わりに錦織寺が出している小冊子とパンフをもらった。そこで宗務庁の職員に質問してみることにした。

----浄土真宗十派の本尊、教義、化儀はどこがちがうのですか

「いいえ、十派にちがいはありません。同じですよ。ちがっていたら大変です」

----では十派に、全く違いはないのですか。ちがいがないのなら、どうして十派に分かれているのですか。

「んー、まあ、ちがいといえば、歴史がちがうとか、政治的にちがうとか、あるいは『御影堂』を『みえいどう』と読むのか、『ごえいどう』と読むのか、といった違いでしょうかねえ。あとは、正信偈を読むフシがちがいます」

----和音のことですね。

「そうです。正信偈を読むときは、フシをつけて読むんですね。いわば、これは音楽です。このフシが本願寺派(西本願寺)や大谷派(東本願寺)とは、ちがうんです」

----本願寺派(西本願寺)や大谷派(東本願寺)とのちがいと言えば、本願寺派、大谷派の門首猊下は、宗祖親鸞聖人の直系のご子孫の方ですよね。

「そうですね。錦織寺の代々の門主猊下は、宗祖親鸞聖人のお弟子のご子孫の方だったのですが、途中で血統が途切れて、西本願寺から門主をお迎えしたりしているのです」

ところでこの質疑応答の中、私が門首を「もんす」(monsu)と発音したところ、宗務庁の職員の方から、木辺派は「門主」を「もんじゅ」(monju)とお呼びするとの指摘をいただいた。大谷派は「門首」、本願寺派、仏光寺派、興正派、木辺派は「門主」。国語辞典を調べてみると「門主」も「門首」も、どちらも読み方は、「もんしゅ」(monshu)と載っていた。木辺派では「もんしゅ」(monshu)を「もんじゅ」(monju)と発音しているのだろうか。

正信偈(しょうしんげ)とは、正式には「正信念仏偈(しょうしんねんぶつげ)」といい、親鸞の著書『教行信証』の「行巻」の末尾に所収の偈文のこと。一般には略して「正信偈(しょうしんげ)」という。親鸞述の『三帖和讃』とともに、本願寺第8世蓮如によって僧俗の間で朝暮の勤行として読誦するよう制定されて以降、現在も勤行や法要の時に読誦されている。

 

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真宗木辺派・錦織寺(2)~浄土真宗十派がつくる親鸞を宗祖と仰ぐ御同朋の連合体・真宗教団連合に加盟する木辺派

■真宗木辺派・錦織寺2(御影堂・阿弥陀堂・真宗教団連合)

 

□「教行信証」完成の喜びを門弟の請いによって描いた自画像「満足の御影」を祀る御影堂

 

浄土真宗本山寺院に行くと、阿弥陀如来を祀る阿弥陀堂(本堂)と、宗祖・親鸞を祀る御影堂の二堂が並んで建っていることが、共通点として挙げられる。これは木辺派本山・錦織寺も同じなのだが、ただし錦織寺の場合は、この二堂に加えて毘沙門天を祀る天安堂があり、三堂が並んで建っている。阿弥陀如来を祀る阿弥陀堂(本堂)と宗祖木像を祀る御影堂の二堂が並んで建つのは、浄土宗総本山・知恩院も同じ。さらに言うと、日蓮宗寺院では、本尊の釈迦如来を祀る本堂と宗祖日蓮を祀る御影堂の二堂が並んで建っているが、堂宇の建て方がこれまた浄土真宗によく似ている。さて堂宇に参拝してみようと、まずは天安堂へ。ところがここは閉扉されていて、ここに参拝するには、錦織寺宗務庁に申し出なければならないとの案内板が出ている。「なんだか閉鎖的なことが書いてあるなあ。日蓮正宗系や不受不施派と似たことが書いてあるなあ」と思い、ちょっと私の中では、印象が悪くなった。それにしてもなぜ浄土真宗の本山に、毘沙門天を祀る堂宇があるのか、という話しになるのだが、錦織寺が発行している「お念仏のふるさと・錦織寺」「真宗木辺派・本山錦織寺」と題するパンフにその答えが書いてあった。

そもそも錦織寺の起源は、天安2(858)、比叡山延暦寺三代座主・慈覚大師円仁の命で、この木部の地に御堂が建てられ、毘沙門天が祀られたことに由来するという。それから三百数十年後に、親鸞が関東から京都へ帰ろうとする途中、この毘沙門天が祀られた天安堂に留まった。そして親鸞は、茨城県霞ヶ浦の湖中から感得したと伝承する阿弥陀如来像を祀り、浄土真宗の教えを説いた。この縁由により、琵琶湖東側地域における浄土真宗の拠点になったという。

親鸞が木部滞在の最中の歴任元年(1238)、天女が蓮の糸で織った紫紅の錦が仏前に供えられ、これを四条天皇に献上したところ、「天神護法錦織之寺」との勅額を受けたとの寺伝がある。これが天神護法院錦織寺の寺号の由来であるとのことだが、天女の寺伝が本当かどうかは定かではない。科学的にはとてもあり得ない話しだが、こういう古来からの伝承・伝説は、錦織寺に限らず、日本全国各地の仏教寺院によくある話しではある。親鸞は木部滞在中に、浄土真宗根本聖典の「教行信証」の中の「真仏土の巻」と「化身土の巻」を述作したと伝承するが、嘉禎3(1237)4月中旬、「教行信証」完成の喜びを門弟の請いによって、真正面に自画像を描いた。それが現在、錦織寺御影堂に祀られる「満足の御影」だという。私が錦織寺に行った日は、御影堂では参拝門徒を集めて僧侶の説法会が行われていた。御影堂の戸は閉め切られていて参拝は不可。しかたがないので、隣の阿弥陀堂へ参拝。ただし阿弥陀堂の戸が開いていたわけでもなく、ここも閉まってはいたが、鍵がかかっておらず、戸を開けて中に入っていった。阿弥陀堂の中に入ると、正面に阿弥陀如来の座像が祀られているのは、わかったが、堂宇の中が暗くてよく見えない。

 

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真宗木辺派・錦織寺(1)~毘沙門天堂、阿弥陀堂、御影堂などの堂宇に説明文が書いた立て札が立っている錦織寺境内

■真宗木辺派・錦織寺1(真宗木辺派の規模・立て札)

 

□浄土真宗の中では東西本願寺派、高田派、仏光寺派、興正派に次ぐ規模の真宗木辺派

 

真宗木辺派・錦織寺とは、浄土真宗木辺派の本山で、滋賀県野洲市木部826にある。派号は「木辺派」と書くが、住所地は「木部」と書く。正式名は遍照山天神護法院錦織寺。錦織寺は「きんしょくじ」(kinshokuji)と読む。「にしきおりじ」ではない。

真宗木辺派とは真宗教団連合をつくる浄土真宗十派のひとつ。浄土真宗には、十派以外にもさまざまな分派があり、全ての宗派が真宗教団連合に加入しているわけではない。

2013年度版・宗教年鑑で信徒数を調べてみると、浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺)が約780万人、真宗大谷派(本山・真宗本廟・東本願寺)が約323万人、真宗高田派(本山・高田専修寺)が約223000人。真宗仏光寺派は約48000人。真宗木辺派(本山・錦織寺)が約46000人。真宗興正派(本山・興正寺)が約35000人。真宗出雲路派が約11000人。真宗誠照寺派が約13000人。真宗三門徒派が約14000人。真宗山元派が約1600人。親鸞頂骨を格蔵していると伝承する新潟県高田市浄興寺を本山とする真宗・浄興寺派が約17000人である。

門徒(信徒)数で言うと、東西本願寺派、高田派、仏光寺派に次ぐ数になっている。

寺院・教会・布教所数で見ると、浄土真宗本願寺派が10369、真宗大谷派が8743、真宗高田派が643、真宗興正派が514、真宗仏光寺派は377、真宗木辺派が215、真宗出雲路派が60、真宗誠照寺派が71、真宗三門徒派が40、真宗山元派が21、真宗浄興寺派が14である。

教師(僧侶)数で見ると、浄土真宗本願寺派が19465、真宗大谷派が17439、真宗高田派が961、真宗興正派が756、真宗仏光寺派は524、真宗木辺派が254、真宗出雲路派が86、真宗誠照寺派が55、真宗三門徒派が59、真宗山元派が38、真宗浄興寺派が16である。浄土真宗は西本願寺を本山とする浄土真宗本願寺派が最大で、これとほぼ匹敵する規模なのが真宗本廟・東本願寺を本山とする真宗大谷派で、この二つが極端に規模が大きい。

これにつづくのが、真宗高田派、真宗興正派、真宗仏光寺派、真宗木辺派の4派で、この4派は

門徒数、寺院・教会・布教所数、教師(僧侶)数ともに、似たり寄ったりぐらいの規模である。浄土真宗十本山の中で4本山(東西本願寺、仏光寺、興正寺)が京都市にあり、4本山が福井県。あとは滋賀県(錦織寺)と三重県(高田専修寺)で、西日本、近畿地方に集中しているのが特徴である。

仏教寺院とは一般的に△△山○○寺という名前の如く、山の中にあるというイメージが強い。仏教各宗派の総本山、大本山、本山寺院を見ても、東京、関東近県や京都、大阪、名古屋等にある寺院は別としても、身延山久遠寺、比叡山延暦寺、高野山金剛峯寺、福井・永平寺、能登・総持寺祖院、倶利伽羅不動寺、長野・善光寺、日光山輪王寺、千光山清澄寺等、山の中にあるケースが多い。ところが錦織寺がある所は、琵琶湖のほとり、近江平野の真ん中。錦織寺とその周辺の民家・伽藍のまわりは、水田が広がっている。昔懐かしい景観に巡り会える。

 

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真宗・興正寺(1)~興正寺が蔵する親鸞遺骨が他寺からの分骨であることを認めている興正寺発行の小冊子

■真宗・興正寺1(仏光寺・西本願寺から独立)

 

□もともとは真宗仏光寺と同一で仏光寺から分離→西本願寺→西本願寺から独立した興正寺

 

真宗・興正寺とは、浄土真宗興正派の本山で、場所は浄土真宗本願寺派本山・龍谷山本願寺(西本願寺)に隣接している。だからここには、西本願寺を訪問・参拝したのちに、すぐに訪問・参拝できる。西本願寺の寺域・伽藍があまりにも巨大であるため、興正寺は西本願寺の塔中子院のように見えてしまうのだが、独立した興正派の本山である。正式名は円頓山興正寺という。

浄土真宗興正派とは、真宗教団連合をつくる浄土真宗十派のひとつ。浄土真宗には、十派以外にもさまざまな分派があり、全ての宗派が真宗教団連合に加入しているわけではない。

2013年度版・宗教年鑑で信徒数を調べてみると、浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺)が約780万人、真宗大谷派(本山・真宗本廟・東本願寺)が約323万人、真宗高田派(本山・高田専修寺)が約223000人。真宗仏光寺派は約48000人。真宗木辺派(本山・錦織寺)が約46000人。真宗興正派(本山・興正寺)が約35000人。真宗出雲路派が約11000人。真宗誠照寺派が約13000人。真宗三門徒派が約14000人。真宗山元派が約1600人。親鸞頂骨を格蔵していると伝承する新潟県高田市浄興寺を本山とする真宗・浄興寺派が約17000人である。

門徒(信徒)数で言うと、東西本願寺派、高田派、仏光寺派、木辺派に次ぐ数になっている。

興正寺に関する資料・書籍も極端に少なく、興正寺の縁由・歴史についても、定説はなく、さまざまな説がある。これは室町・戦国時代の戦乱で、古文書の多くが焼失してしまったためではないかと考えられる。そこで興正寺の歴史の説については、PHP新書「京都の寺社505を歩く・上・洛東・洛北・洛中編」(山折哲雄監修・槇野修著)から引用してみたい。

正中元年(1324)に了源が山科に一宇を建立。それを大谷廟堂の覚如が興正寺と名付ける。そののち、山科から汁谷(今の京都・渋谷通り・しぶたに)に移り、寺号を仏光寺としたとする説。

もうひとつは、建暦2(1212)に流罪地の越後から京都に戻った親鸞が山科に一宇を建て、順徳天皇から「興隆正法寺」の寺号を拝受。勅願寺になった。それが略して興正寺になったという説。

文明年間(14691487)に、仏光寺第14世経豪は、当時の仏光寺が天台宗妙法院と近かった関係を嫌い、本願寺8世蓮如に帰依して、同士の僧侶らと仏光寺を抜け、興正寺の旧地である京都・山科に寺院を建立。旧名の興正寺を継承した。蓮如は経豪に蓮教の僧名を授与した。

仏光寺から分離した興正寺は、天文法華の乱で一時、大坂に移るが、天正19(1591)に本願寺の京都移転にあわせて、今の地に移転する。本願寺の東西分立以降は、西本願寺に属していたが、宗論の違いから西本願寺と袂を分かち、明治9(1876)に西本願寺から独立した。

よって現在の興正寺は、もともとは仏光寺であり、仏光寺から分離した後は、西本願寺に属した。明治になって西本願寺から分離・独立したという歴史を辿っている。

 

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京都要法寺(30)~日蓮本宗本山要法寺公式ウエブサイトで確認された要法寺(ようぼうじ・yoboji)の読み方

日蓮本宗本山・要法寺30(本山要法寺公式ウエブサイト)

 

□日蓮本宗本山要法寺公式ウエブサイトで確認された要法寺(ようぼうじ・yoboji)の読み方

 

私は京都要法寺には1990年代から足を運んでいるのだが、さてこの度、富士門流八本山のひとつである日蓮本宗本山要法寺が公式ウエブサイトをオープンさせていたことが判明しました。

□日蓮本宗本山要法寺公式ウエブサイト「師厳道尊に生きる」

http://www.honzanyoboji.or.jp/

本山要法寺公式ウエブサイトの開設日は201496日になっている。

公式ウエブサイトのアドレスは「ホンザンヨーボージ」。(honzanyoboji)これを見て思い出したのだが、「仏教宗学研究会」のブログでも、京都要法寺の訪問記・研究記事を載せているのだが、今から約3年前のこと、2012033112:04にアップした「京都要法寺(2)~大石寺以外の富士門流では最大寺院数の日尊門流祖山・要法寺」の中で、こう書いた。

「『要法寺』の名前なのだが、正式には「ようぼうじ」と読む。「ようほうじ」ではない。」

□「京都要法寺(2)~大石寺以外の富士門流では最大寺院数の日尊門流祖山・要法寺」

http://bukkyoshugakukenkyukai.doorblog.jp/archives/4808510.html

これは、実際に要法寺に足を運んで訪問すれば、要法寺を「ようぼうじ」と読むことぐらいはわかるのだが、ところが東京をはじめとする関東近県で、本や新聞、雑誌だけ読んで、京都要法寺のことを研究した気になってしまっている者たちは、どういうわけか「要法寺」を「ようほうじ」(yohoji)と読みたがるクセがある。特に日蓮正宗、創価学会、顕正会などの「日蓮正宗系」の信者たちは、一様に「要法寺」を「ようほうじ」(yohoji)と読みたがるのである。そこで私がこれらの者たちに

「そうじゃありませんよ。要法寺は「ようぼうじ」(yoboji)と読むんですよ」

と指摘しても、全く聞く耳を持たないのである。

ところが今回、日蓮本宗本山要法寺公式ウエブサイト「師厳道尊に生きる」のアドレスが「ホンザンヨーボージ」(honzanyoboji)になっていることで、はからずしも私の「要法寺は「ようぼうじ」(yoboji)と読む」との指摘が正しかったことが、公式に確認されることになった。まことに慶賀の至りである。

そこで「要法寺」を「ようほうじ」(yohoji)と読みたがる、東京をはじめとする関東近県の石頭の分からず屋の者たちに対して「勝利宣言」を宣告するものと致します。()

要法寺HP1
















 

(日蓮本宗本山要法寺公式ウエブサイト「師厳道尊に生きる」)

 

 

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