■三縁山増上寺3(秘仏・増上寺安国殿・黒本尊)

 

増上寺安国殿とは、太平洋戦争の戦災で焼失した大殿のかわりに、仮本堂としていた堂宇を、昭和49(1974)の新大殿の落成のおりに境内北側に移転。ここが徳川家康ゆかりの「黒本尊」を祀る堂宇「安国殿」となった。

この旧安国殿の老朽化により、法然八百遠忌記念として平成23(2011)、新しい安国殿が増上寺に建立・落慶した。これが今の安国殿。

須弥壇中央には、本尊である秘仏・黒本尊とお前立の阿弥陀如来像が祀られている。

脇陣には徳川家康の肖像画。徳川歴代将軍の位牌。和宮の等身大の像が祀られている。

黒本尊とは、恵心僧都源信の作と伝承される阿弥陀如来像。昔は、金箔燦然と輝く金色の立像だったが、長年にわたって香煙に薫じられ、その像が徐々に黒ずんでいき「黒本尊」と名付けられたという。

ということは、黒本尊は元々は秘仏ではなかったのだが、途中から秘仏になった、ということになる。長年の香煙で黒ずんだため秘仏になったということで、なぜ秘仏になったのか謂われがよくわからないケースに比べたら、こちらは、わかりやすい。

黒本尊は、普段は秘仏として厨子の中に秘蔵されているが、年に3回。1月、5月、9月の15日に御開帳され、盛大な祈願会が行われている。

秘仏(ひぶつ)とは、信仰上の理由により非公開とされ、厨子などの扉が普段は閉じられたまま祀られる本尊や仏像のことである。仏教寺院では、仏堂の扉を開いた際に本尊・仏像が見えるように祀るのが本来であるが、「秘仏」は開帳以外の時は厨子の扉を閉じたまま祀られている。

日本の仏教各宗各派の秘仏には、全く公開されない「絶対の秘仏」も一部にあるが、特定の日に限って公開(「御開帳」「御開扉」などと称する)を行うことが多い。

「秘仏」の発生時期や要因については本格的な研究が進んでおらず、確かなことはわかっていないが、少なくとも京都・広隆寺の資財についての記録である「広隆寺資財交替実録帳」(寛平2年・890年頃成立)には、同寺金堂本尊の「霊験薬師仏」が鍵のかかる「内殿」に安置されていたことが明記され、この薬師像が遅くとも9世紀末には秘仏扱いされていたことを伺わせる。

秘仏の発生には神道の神社からの影響があるものとする説もある。神社の本殿の扉もまた、普段は閉じられており、特定の祭祀の時にのみ扉が開かれる場合があるからである。

宗派別では、真言宗および天台宗の寺院に本尊を秘仏とするところが比較的多い。

天台宗系の主要寺院では、延暦寺根本中堂本尊の薬師如来像、同寺西塔釈迦堂本尊の釈迦如来像、園城寺(三井寺)金堂本尊の弥勒菩薩像、同寺観音堂本尊の如意輪観音像などはいずれも秘仏で、他にも和歌山県紀の川市の粉河寺・千手観音像、兵庫県加西市の一乗寺・千手観音像がある。

増上寺20

 

東京・浅草の浅草寺本堂の聖観世音菩薩像も秘仏で、元々、浅草寺は天台宗の寺院であった。

日蓮宗系の寺院においても、秘仏というのは比較的少ない。が、全くないわけではない。

東京・池上・妙見堂の妙法菩薩立像、東京・堀之内・妙法寺祖師堂の日蓮像などがそうですが、ただしこういったものは後世に出来上がったもので、日蓮の時代からあったものではない。

 

「お前立」とは、秘仏である本尊の身代わりとして公開される、秘仏本尊とまったく同じお姿の仏像本尊、ないしはほとんど同じ姿の仏像本尊のことで、「お前立」とか「前立本尊」というふうに呼ばれる。秘仏本尊が格蔵されている寺院では、前立本尊を祀る寺院が多い。

秘仏本尊を格蔵する仏教寺院で前立本尊を祀る主な寺院としては

□長野県長野市の善光寺

秘仏の前立本尊が7年に1度、御開帳される。

□天台宗総本山・比叡山延暦寺・根本中堂

伝教大師最澄造立と伝承される薬師如来像は秘仏。常時は仏師作の前立本尊が祀られる。

□石川県津幡町の倶利伽羅不動尊

弘法大師空海が前立本尊を造立したと伝承する

□長野県松本市の金松寺

秘仏・聖観世音菩薩像の前立本尊がある

□東京南麻布の臨済宗大徳寺派・天現寺

20111010日に秘仏本尊・毘沙門天像の前立本尊入仏式が行われた。

□東京浅草の浅草寺本堂

秘仏・聖観世音菩薩像の前立本尊が祀られている。

□和歌山県紀ノ川市の天台宗・粉河寺

絶対秘仏・千手観音像の前立本尊が祀られるが、前立本尊も秘仏になっている。

□京都府宇治市の三室戸寺

秘仏・千手観音像の前立本尊が祀られる

□愛知県犬山市の真言宗智山派・寂光院本堂

秘仏・千手観音像の前立本尊が祀られる

□京都市左京区の鞍馬寺の本殿金堂

秘仏・毘沙門天・千手観音像・護法摩王尊の前立

□兵庫県加西市の天台宗・一乗寺

秘仏・観音菩薩立像の前立

増上寺15大殿