■三縁山増上寺6(六代将軍家宣の正室・天英院の正墓2)

 

□天英院は将軍家菩提寺の増上寺に土葬されたのであって大石寺には絶対に分骨されていない

 

増上寺の説明によると、天英院は夫の六代将軍家宣とともに同じ徳川正廟に葬られているという。これがまさに天英院の正墓。

増上寺が発行している小冊子「浄土宗大本山増上寺」によれば、天英院の正墓は元々、独立した宝塔が建てられていた。ところが1945(昭和20)の東京大空襲で、増上寺は壊滅的な打撃を受け、堂宇、伽藍の大半を焼失。徳川正廟もほとんどを焼失してしまった。

1958(昭和33)、改めて文化財保護委員会による発掘調査が行われ、土葬されていた遺体は全て荼毘に付され、改めて徳川将軍家の正廟が再建された、ということである。

したがって、天英院は、最初から菩提寺の増上寺に土葬で葬られていた、ということになる。

六代将軍家宣の正室・天英院は、文昭院殿(家宣)の墓所の宝塔の中に、いっしょに葬られて眠っている。増上寺に葬られた六人の将軍の墓所は全て宝塔が建てられ、その中に、正室も入っている、というわけである。

ところが日蓮正宗は「天英院は大石寺門流の信者だった。大石寺に三門を供養した大石寺外護の大檀那」と言い張っていて、大石寺五重塔の脇に建てられている天英院の五輪塔が天英院の正墓であるなどと言い張っている。

日蓮正宗にとって、東京芝・増上寺に天英院の正墓がある、ということがわかるのは、まことに都合が悪いため、日蓮正宗の信者たちは、こう言って反論する。

「天英院の正墓は増上寺にあるのかも知れないが、大石寺には遺骨が分骨されたのだ」

 

日蓮正宗の信者は、「大石寺には日蓮・日興・日目の正墓はない」と批判・追及されたときも、「遺骨は大石寺に分骨された」などと、何の証拠もないのに、虚しい妄想にしがみつこうとする。

苦し紛れの「分骨」の言い訳である。

天英院の正墓の場合も、「大石寺への分骨」などという言い訳は、絶対に通らない。

なぜなら、天英院は、増上寺に葬られたときは、土葬されたのであり、火葬して荼毘に付されたのは、1958(昭和33)に増上寺の徳川正廟が再建されたときだからである。

これは、増上寺が発刊している小冊子「浄土宗大本山増上寺」に書いてある。

それとも日蓮正宗の信者は、天英院の遺体が荼毘に付された1958(昭和33)に増上寺から大石寺に遺骨が分骨された、とでも言うのだろうか。

1958(昭和33)に増上寺から大石寺に天英院の遺骨が分骨されるなどということは、絶対にあり得ない。

増上寺4家宣廟




















 

□増上寺に天英院正墓があることを隠しきれなくなって苦しい言い訳をしている日蓮正宗

 

この時代は、日蓮正宗・創価学会の和合路線時代で、まさに創価学会の折伏大進撃の時代。

日蓮正宗・創価学会は自宗以外の他宗派を全て「邪宗」「邪教」と罵っていた。当然、浄土宗大本山増上寺も「邪宗」「邪教」と罵っていたわけで、そんな大石寺に増上寺が天英院の遺骨を分骨するわけがない。そんなことは絶対にあり得ない話しである。

徳川六代将軍の正室・天英院は、徳川将軍家の菩提寺である増上寺に葬られ、土葬されたのであって、大石寺には一切分骨されていない。

したがって大石寺五重塔の傍らに天英院の墓と称する五輪塔が建っているのは、これは天英院の正墓ではない。こういうことは、日本の歴史を少しでも研究すれば、わかることである。

したがって最近は、増上寺に天英院の正墓がある、ということが隠しきれなくなり、こんな言い訳をしている。

「篤君(天璋院)の養父となられた近衛忠熙は、大石寺三門をはじめ常泉寺の諸堂建立に尽力された徳川6代将軍家宣の正室、天英院殿の生家、関白近衛基熙の家の後裔である。天英院殿の子の豊姫君(天和2年10月21日、2歳で逝去)、男子(元禄12年9月18日誕生、即日死去)、養女政姫君(近衛家熙の娘で、天英院殿の姪に当たる。宝永元年7月1日、6歳で逝去)は、共に小梅常泉寺に葬られた。天英院殿は寛保元年(1741)2月28日、76歳で逝去されたが、夫の家宣と同じく芝増上寺に葬られた。 ただし、大石寺境内の五重塔の左奥に天英院殿の墓が、侍女の墓と共に建てられている。」

平成17年9月1日発行 高照山 第213号「『時々興記留』について」

http://www.myokoji.jp/page/menu_2/koshozan/213_05.htm

 

つまり増上寺に天英院の墓があるが、大石寺にも天英院の五輪塔がある、という言い訳である。

土葬されて葬られた天英院が大石寺に分骨されるなどということは絶対にあり得ないから、「大石寺には五輪塔がある」などという言い訳をしている。そういう言い方でもいないと、辻褄が合わないであろう。

この日蓮正宗の言い訳は、対外的には「大石寺に天英院の墓があるとは書いていない。五輪塔があると書いている」という言い逃れをしようという魂胆がミエミエ。しかし日蓮正宗の僧侶は、信者に対して、口先で「天英院の墓は大石寺にある」と教えている。甚だしい欺瞞である。

ところが、日蓮正宗の信者は、この欺瞞に騙されてしまっていて、大石寺に天英院の正墓があると信じ込んでしまっているのである。

増上寺6徳川家廟