■湯之奥金山博物館1・日有の経済力を解き明かす湯之奥金山博物館

 

□ありとあらゆる資料をひっくり返して調べ、ようやく見つけた「甲斐黄金村・湯之奥金山博物館」

 

□大石寺の『戒壇大本尊』は9世日有の偽作だ

http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_161878.html

□戒壇大本尊は9世日有の偽作だ001080

http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_628700.html

□戒壇大本尊は9世日有の偽作だ081150

http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_628705.html

□戒壇大本尊は9世日有の偽作だ151200

http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_628708.html

日蓮正宗大石寺の「戒壇の大本尊」偽作解明の最大のポイントは、「経済力」「財力」であり、「戒壇の大本尊」を偽作した日蓮正宗大石寺9世法主日有の経済力を解き明かす最大の鍵は、大石寺から北方約15キロくらいのところにある「湯之奥金山遺跡」。

武田信玄の隠し金山とも伝えられている湯之奥金山を紹介する博物館が、JR身延線の下部温泉駅から徒歩3分ぐらいのところにある「甲斐黄金村・湯之奥金山博物館」である。

大石寺の「戒壇の大本尊」偽作解明を進めていく中で、いろいろな大きなポイントがあるが、中でも最大のポイントは、「経済力」「財力」である。

「日蓮は、経済力がなかったが故に、『戒壇の大本尊』を造立していない」

という論を立てるには、逆説的に「『戒壇の大本尊』を偽作した者は、経済力・財力を有していた」

ということになる。その経済力は、楠木をどこからか入手し、漆、金を入手し、仏師を雇って板本尊を彫刻し、漆職人、金箔職人を雇って、板本尊に漆加工、金箔加工を完成させた、とても大きな経済力である。

大石寺の「戒壇の大本尊」を偽作したのが大石寺の法主ということになれば、どうしてその法主は、どこからそんな大きな経済力を入手できたのか。こういう疑問からスタートした。

私は、日蓮正宗の歴史を30年以上前からいろいろと研究しているが、大石寺二祖日興・三祖日目入滅後から江戸時代以前に於いて、大石寺には、目立った大檀那はいない。

つまり、とても有力な大檀那がいて、「その大檀那の経済力で」という説は成り立たない。

そうすると、大石寺の近くに金山か、銀山かが、あったとしか考えられないわけで、私は、静岡県、山梨県に、金鉱山がなかったか、徹底的に調査したわけである。

地図、観光案内、JTBハンドブック、るるぶ情報板、iジャパン…ありとあらゆる資料をひっくり返して、徹底的に調べたところ、ついにこの「甲斐黄金村・湯之奥金山博物館」を発見したという次第。

場所は、大石寺の北方、毛無山の山頂・静岡県と山梨県の県境から、山梨県に入ったところ。下部温泉の中。下部温泉と言えば、大石寺9世日有が湯治をしていたことが、大石寺17世法主日精の「家中抄」に書いてある、あの温泉である。

湯之奥金山博物館2 

 

□「戒壇の大本尊」日有偽作を解明していく中で巡り会った湯之奥金山博物館

 

私としては、この下部温泉に金山があったということであれば、ほぼここに間違いないのではないという確証を持った。資料を調べた限りでも、湯之奥金山が掘られていたのは、戦国時代から江戸時代初期にかけてということであり、「武田信玄の隠し金山」という異名まであったという。

この湯之奥金山博物館に行く前に、電話をかけていろいろと質問。

時代的には戦国時代が最も湯之奥金山が繁栄した時代だったということであった。

あとは、直接、湯之奥金山博物館に行って調べるしかない。そういうわけで、この甲斐黄金村・湯之奥金山博物館にはじめていったのが、今から約10年以上も前のこと。

それ以降も、湯之奥金山博物館には何度も足を運んでいます。

ようやくの思いで見つけた湯之奥金山遺跡と湯之奥金山博物館だったのだが、博物館に行く前に、下調べとして、博物館に電話をかけてみた。

日蓮正宗大石寺の「戒壇の大本尊」大石寺9世日有偽作の証拠がつかめるかどうか、大きなヤマになると思い、電話に出た男性係員に基本的な質問をしてみた。

係員の答えは、極めてノーマルなもので、室町時代から戦国・安土桃山時代、そして江戸時代初期にかけて、湯之奥金山が繁栄したこと。

甲斐国の領主・武田氏の通貨・甲州金もこの湯之奥金山から産出された金でつくられたこと。

特に戦国時代は、武田氏の隠し金山と呼ばれたこと、等々。

JTBのガイドブックや観光案内の本にも書いてあるような、オーソドックスな答えが返ってきた。

これでは具体的なことが何一つわからないため、私はやはり実際にこの博物館に行って調査・取材すべきだと思った。

ここにはじめて行ったのは、今から約10年くらい前のこと。

あの当時は、まだmixiGREEもなく、ようやくパソコンとインターネットが普及しはじめた頃のこと。私も必死になってインターネットや電子メールといったものに取り組んでいたころで、インターネットで今までわからなかった謎がわかるかもしれないと、それこそ夢中になっていろいろ調べていた中で、湯之奥金山博物館に巡り会ったのでした。