■湯之奥金山博物館7・日有の経済力を解き明かす湯之奥金山博物館7

 

□「戒壇大本尊」を偽作して湯之奥・金山衆の金の供養独占を狙った大石寺9世日有

 

湯之奥金山の金山衆は、「南無妙法蓮華経」を唱える法華の信者であった。

法華の信者である金山衆たちは、甲斐国の人たちは主に身延山久遠寺に参詣し、駿河国の人たちは主に北山本門寺、大石寺などの富士五山に参詣し、供養した。

一般大衆がどこか特定の宗派、特定の寺院に所属が固定化されたのは、寛文11年(1671年)に宗門人別改帳が法整備されてからのことで、それ以前は、寺院に信者名簿があったわけではなく、機関紙があったわけではなく、講組織が今のように整備されていたわけではなく、御書全集があるわけでもなく、それどころか信者の大半は、文字すらも読めなかった。

室町時代の頃、信者の大半は、半農・半商・半職の武士が多く、日々は農作業やら、売り買いやら、戦で多忙であった。

法華講などの講組織は、関東・甲信・駿河・東北にはあったようだが、今のように全ての信者を網羅する組織が整備されていたわけではなく、信者も勤行や布教をしていたわけでもなく、教学にもほとんど縁がなかった。

室町時代、戦国・安土桃山時代のころの布教の主体は僧侶であり、僧侶が自坊の持仏堂に本尊を祀って勤行をし、外へ出て布教活動を行い、天台の檀林等に修学して教学を身につけていた。

僧侶の布教の縁故で、信者が寺院に参詣し、供養していたわけだが、その当時の寺院では、大石寺では、御講等の行事・法要が行われていたようだが、末寺に至っては、定期的な行事・法要が行われていない所が多く、寺院と信者の関係は、ほとんど供養するだけだったと言える。

大石寺門流で客殿を創建して、信者を集めて法要を行ったのは大石寺9世日有が最初である。

 

大石寺9世日有は、金山衆から金の供養を受けていたが、金山衆は大石寺の日有だけに供養していたわけではなく、身延山久遠寺にも供養し、北山本門寺にも供養していた。大石寺9世日有が金山衆の供養を独占していたわけではないのである。

そこで大石寺9世日有は、「戒壇の大本尊」なる板本尊や「日蓮本仏義」「唯授一人の血脈相承」なるものを偽作して、金山衆の金の供養の独占を狙ったわけである。

「大石寺には日蓮大聖人からの唯授一人の血脈相承による『本門戒壇の大御本尊』が格蔵されている。大石寺だけが日蓮大聖人の唯一正統の門流である。だから大石寺に供養すれば功徳がある」

今風の日蓮正宗的に言い方だと、さしずめこんなところだろうか。

大石寺9世日有は、「戒壇の大本尊」なる板本尊や「日蓮本仏論」「唯授一人の血脈相承」なるものを偽作し、大石寺に客殿を創建して、信者を集めて法要を行い、さらに湯之奥・下部にほど近い甲斐国(山梨県)杉山に有明寺を建立して、金山衆を大石寺につなぎ止めようとした。

かくして大石寺9世日有は、大石寺で金山衆の金の供養を独占することを狙ったのである。

湯之奥金山博物館3


 

□甲州・湯之奥金山の麓に日蓮正宗寺院・有明寺を建立した日有

 

1467(応仁1)年、日蓮正宗大石寺九世法主・日有は、甲州・湯之奥金山の麓の下部町杉山(2005年の合併で山梨県巨摩郡身延町杉山)に、日蓮正宗寺院・有明寺(うみょうじ)を建立し、第一次政権の法主を隠退した後、ここの寺院の住職になっている。新たに湯之奥金山の麓に日蓮正宗寺院を建立したということは、この近辺に、大石寺の信者が新たに生れていたということである。

すなわち、15世紀前半から開発がはじまった湯之奥金山の金の採掘・生産のために、金山に入っていった金山衆が、富士門流の信者だったからにほかならないではないか。

日蓮正宗大石寺九世法主・日有に、湯之奥金山の金を供養し、貢いでいた金山衆たちは、日有からすれば、まさに経済力の源泉であり、末永く大石寺の信者として、末永くつなぎ止めておきたかったにちがいない。

日有が大石寺法主隠退後、湯之奥金山の麓の甲斐国杉山に日蓮正宗寺院・有明寺を自ら建立して、そこの住職になっていることが、まさに日有が湯之奥金山の金山衆たちと密接な関係があり、湯之奥金山の金を入手していた証拠ではないか。

 

山梨県身延町・下部温泉駅前の湯之奥金山博物館には、何回も足を運んでいます。新幹線で静岡に行き、静岡から特急ふじかわ号に乗って行ったこともありましたし、新宿から特急スーパーあずさ号で甲府に出て、甲府から特急ふじかわ号で行ったこともあります。

又、東京からレンタカーで行ったこともありました。

身延山久遠寺に事跡調査に行った後、下部温泉の湯之奥金山博物館に行ったこともありました。

初訪問は、特急東海号からふじかわ号に乗り換えて行っているので、最低でも5回は行っていることになります。

博物館内の展示を見学して、展示物をメモっていたら、いつの間にやら閉館時間が来たこともありましたし、湯之奥、下部温泉等々を廻りながら湯之奥金山博物館に行き、売店で資料等々を買い込んでいたら、閉館30分前になってしまい、展示見学する時間がほとんどなくなってしまったこともありました。

湯之奥金山博物館2