■湯之奥・猪之頭線7・室町時代、日有が往還に使った上人路・「湯之奥・猪之頭線」7

 

□室町・戦国時代の下部温泉には「湯女風呂」「花街」はあった

 

室町・戦国・安土桃山時代から江戸時代中期まで、金鉱掘りが行われていた湯之奥金山があった湯之奥地区から、湯之奥・猪之頭線を富士川方面に下ってくると、下部温泉に出ます。

下部温泉からJR下部温泉駅前をぬけると、JR身延線の踏切をわたって、富士川街道と合流するわけです。この下部温泉とは、「武田信玄の隠し湯」として有名な温泉で、下部川沿いにホテルや旅館が建ち並んでいます。温泉の効用は、キズの治療ということで、合戦でキズを負った武家や侍たちが、ここにキズを癒しに来ていたと言うことです。

さらに日蓮正宗大石寺17世法主・日精が書いた著書「富士門家中見聞」(家中抄)によると、大石寺9世日有が、この下部の湯に、宿病の湯治に来ていた、ということを書いています。

この宿病については、らい病説を唱えている学者・研究者もいるようですが、私は日有らい病説には、否定的見解であり、家中抄に書いてある「宿病」とは、らい病ではないと見ています。

あともうひとつ、私が着目している視点があって、湯之奥金山が金山衆(かなやましゅう)によって採掘されていた室町・戦国・安土桃山時代のころ、湯之奥ないしは下部に遊郭があったということです。ただし発掘調査では、遊郭跡は発見されなかったということです。

今の下部温泉に、遊郭や花街は全く存在していません。

しかし歴史を百年くらいさかのぼってみると、日本各地の温泉地には、遊郭や花街があったようです。私が調査した限りでも、兵庫県・有馬温泉、滋賀県・雄琴温泉、和歌山県・白浜温泉などがあります。

さらに昔にとどまらず、雄琴温泉や静岡県・熱海温泉、群馬県・草津温泉、石川県・山中温泉、片山津温泉、山代温泉、福井県・芦原温泉、鳥取県・皆生温泉、三朝温泉、大分県・別府温泉、愛媛県・道後温泉など、今でも、温泉街の中に、ストリップ劇場やソープランドなどの風俗産業・現代の花街が残っている温泉も、全国各地に多々あります。つまり昔から、温泉に、遊郭・花街・風俗産業というものは、欠かせない存在だったということです。

よって、湯之奥金山で金鉱掘りが行われて、経済的に裕福な金山衆(かなやましゅう)が多数住んでいた当時、この下部温泉にも遊郭・花街はあったと考えられます。否、あったと考えるほうが自然でしょう。

さてもうひとつ温泉宿で特筆すべきことは、この当時、温泉宿においては、すでに「湯女」(ゆな)と呼ばれる女性たちがいたということである。湯女(ゆな)とは、銭湯で垢すりや髪すきのサービスを提供した女性のことで、中世には有馬温泉など温泉宿において多く見られ、次第に江戸、大坂、京都などの都市に移入された。

当初は、銭湯男性客の垢すりや髪すきのサービスだけだったが、次第に飲食や音曲のサービスに加え、サービスが徐々にエスカレートして、現在の特殊浴場・ソープランドに相当する過激な性的サービスを提供するようになっていった。

下部温泉1 





















 

□大石寺9世日有は莫大な経済力を元手に下部温泉で女犯をしていた

 

そもそも銭湯というものは、鎌倉時代に僧侶たちが身を清める為に、寺院に設置されていた「浴堂」を、一般庶民にも無料で開放する寺社が現れて、やがて荘園制度が崩壊して守護大名や地頭が支配する世の中になると、寺院の浴堂が入浴料をとるようになり、これが本格的な銭湯の始まりと言われている。そして温泉宿の風呂を含めた銭湯は、長い間、老若男女が混浴であった。しかも蒸気を逃がさないために入り口は狭く、窓も設けられなかったために、場内は暗く、そのために盗難や男女の性交など風紀を乱すような状況も発生しており、湯女の性的サービスといったものも、こういった中から産まれたものと考えられている。

温泉や都市の銭湯における男女混浴が禁止されたのは、江戸時代後半・寛政3年(1791年)に、老中・松平定信の「寛政の改革」で、江戸幕府が出した「男女入込禁止令」が最初と言われている。その後の「天保の改革」によっても男女混浴が禁止されたが、必ずしも守られなかった。

大石寺9世日有の時代は、当然のことながら、温泉宿の風呂・銭湯は、当たり前の常識として、「男女混浴」の風呂であった。それは下部温泉の場合も同様である。

その湯女風呂で湯治をしていたのが大石寺9世日有。「男女混浴」の風呂に垢すりや髪すきのサービスから飲食や音曲のサービス、徐々にエスカレートして過激な性的サービスを提供していた湯女がいたこと。さらに全国各地の温泉地に遊郭や花街があったこと。これらを考え合わせれば、大石寺9世日有が下部温泉に何をしに来ていたのか。下部温泉で何をしていたのかが、一目瞭然である。

詳しくは「大石寺の『戒壇の大本尊』は大石寺9世日有の偽作だ」に書いていますので、そちらをご参照下さい。

□大石寺の『戒壇大本尊』は9世日有の偽作だ

http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_161878.html

□戒壇大本尊は9世日有の偽作だ001080

http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_628700.html

□戒壇大本尊は9世日有の偽作だ081150

http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_628705.html

□戒壇大本尊は9世日有の偽作だ151200

http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_628708.html

□大石寺9世日有は経済力で女犯・男色をしていた

http://anti-nichirenshoshu.doorblog.jp/archives/cat_657875.html

下部温泉2