■輪島漆芸美術館3・大石寺9世日有が偽作した「戒壇の大本尊」なる板本尊漆塗りの調査3

 

□石川県輪島漆芸美術館の館長室にて四柳嘉章館長との単独会見2

 

○「日蓮正宗大石寺の『戒壇の大本尊』なる板本尊は、大きさが縦は約143センチ、横は約65センチ。だいたい畳一畳ぐらいの大きさです。畳一畳ぐらいの大きさの板に漆を塗るとなると、どれくらいの量の漆が必要になりますか」

四柳氏「だいたい2号から3号ぐらいでしょう。ただし、漆というのは、1回だけ塗って終わりなのではなく、通常は三回塗ります。まず1回目を下地塗りといい、2回目を中塗り。3回目を上塗りといいます。漆というのは、塗ると木の中に染みこむのです。そのための下地塗りが一回目。中塗りと上塗りが仕上げです。だから、3回塗るという工程から考えると、2号から3号よりももっと多くなります。おそらく1升以上は必要になるでしょう。」

○「鎌倉時代、日本における漆の産地、漆工芸が行われていた所を教えていただけませんか。山梨県の身延山周辺で、漆工芸や漆の生産は行われていたのでしょうか」

四柳氏「中世、鎌倉時代になると、日本全国、かなり広範囲に漆の生産が行われていました。漆製品・漆工芸品が全国各地の遺跡から出土しています。現在、漆工芸が行われていない地域でも、中世の昔は漆生産や漆工芸が行われていた可能性はあります」

○「鎌倉時代、ないしは室町時代、漆職人はどのあたりにいたのでしょうか」

四柳氏「京都、奈良、鎌倉にはいましたね。それから大きな寺院の周辺。大きな漆の需要がある所の周辺に、漆職人はいましたね」

○「そうすると、鎌倉時代、身延山の山中で、日蓮一門が漆を生産し、畳一畳大の板本尊に漆を塗る漆加工を行うことは可能だったわけですか」

四柳氏「素人が漆を塗ったかどうかということになると、問題があります。素人に漆を扱うことは、とてもむずかしいことです。もし、畳一畳大の板本尊に漆を塗ったとすれば、それは日蓮一門が自分たちで行ったのではなく、金銭を支払って漆を買い、工賃を支払って漆職人を雇って、漆塗りを完成させたと見るほうが現実的でしょう」

 

仮に鎌倉時代の身延周辺で、漆生産が行われ、漆工芸が行われていたとしても、日蓮一門の手で漆を扱うのは非常にむずかしく、外部から漆職人を雇って漆加工を完成させたと考えられるというのである。つまり日蓮正宗大石寺の「戒壇の大本尊」なる板本尊と漆の関係を解明して行くに当たって、四柳嘉章館長の見解に依れば、仮に鎌倉時代に身延周辺で漆生産や漆工芸が行われていたとしても、日蓮一門の手によって「戒壇の大本尊」なる板本尊に漆塗りが行われたとは非常に考えにくいということ。なぜなら、素人には漆の取り扱いそのものが非常にむずかしいため、「戒壇の大本尊」なる板本尊に漆塗りは、日蓮一門が自分たちで行ったというよりも、金銭を支払って漆を買い、工賃を支払って漆職人を雇って漆塗りを仕上げたと考えたほうが、非常に現実性が高いというのである。

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四柳館長の「中世、鎌倉時代になると、日本全国、かなり広範囲に漆の生産が行われていました」ということになると、身延山や身延山周辺においても、漆の生産・漆器の生産が行われていた可能性はある。「ならば日蓮一門でも漆加工ができたのではないか」と日蓮正宗の信者が飛びつきそうだが、事はそう簡単には運ばない。

それは次下の「素人に漆を扱うことは、とてもむずかしい」という見解である。これはどういうことかというと、ひとつは、いわゆる「漆かぶれ」である。

漆塗りをしている人、職人でも「漆かぶれ」におそわれ、体がかぶれてしまうのである。

昭和20年代から木工に取り組んでいた木工職人の証言に依れば、昭和の中頃まで、家具等々に漆塗りが行われていたが、実際の漆塗りは、自分たちで行うのではなく、漆職人を呼び、漆職人が漆加工・漆塗装を行っていたという。なぜ木工職人が自分たちで漆塗装をしないのか、といえば、その理由はズバリ。「漆かぶれをおそれたから」ということである。

昭和の時代ですらこうだったのである。ならば鎌倉時代や室町時代のころにおいては、なおさらである。漆とは、素人には扱いがきわめて難しいものだったということができる。

したがって、仮に身延山や身延山周辺で、鎌倉時代に漆の生産が行われていたとしても、日蓮一門が自力で漆生産をし、漆加工を行うことは不可能だったということだ。

 

○「それでは漆の価格、漆塗りの値段が問題になるわけですが」

四柳氏「現在では、漆2リットルぐらいで10万円前後。日本国内産のもので一貫目あたり、およそ25万円から30万円くらい。漆を一桶使うと100万円くらい。漆の塗り方にもよりますけれども、厚く塗れば、当然、値段が高くなります。」

○「鎌倉時代ないし室町時代は、漆はどれくらいの値段だったのでしょうか。あるいは、当時の漆の値段は、現代の値段に換算すると、どれくらいになるのでしょうか」

四柳氏「それについては、私が書いた本『漆の文化史』に詳しく載せました。こちらを読んでいただけたら、詳しいところまでわかると思います」

 

と言って、私に四柳嘉章館長の著書「漆の文化史」を手渡してくれた。この「漆の文化史」という本は、四柳嘉章館長の漆研究の集大成のような本。もちろん四柳嘉章館長は、他にも著書がいくつもあるのだが、「漆の文化史」という本は、私が石川県輪島漆芸美術館を訪ねたとき、新刊本として出したばっかりという感じだった。

四柳嘉章館長は「わからないことがありましたら、メールで質問してください」ということで、私に名刺を手渡してくれた。四柳嘉章館長との単独会見は、時間にして4050分ぐらいだったように思います。私にとっては、かなり大きな収穫でした。

 

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