■熱海来宮神社2・「戒壇大本尊」偽作の楠木調査で訪問した熱海・来宮神社2

 

□神々を敬っていた日蓮が神木になっている楠木を伐採するはずが絶対にない

 

来宮神社に来ると、まず目につくのは、やはりこの神社にある大楠木に関する看板であり、どれも「国指定天然記念物」「樹齢二千年」というふうに書いてあります。

ここはもともと7本の大楠木があったところが5本を伐採したので、残っているのは2本ということ。

神社の入り口から入っていくと、まずは第二大楠があります。太い楠木にはしめ縄が張られ、ミニ鳥居、ミニ社が造られていて、完全に神木扱いになっています。

この第二大楠のさらに奥にあるのが第一大楠で、こちらのほうが第二大楠よりも幹が太いし、高さも高い。枝分かれしている部分を含めても、楠の大きさも第二大楠よりも大きい。もちろん第一大楠も「しめ縄」が張り巡らされ、ミニ鳥居、ミニ社が造られていて、こちらも神木になっています。

私がここに来た日も、たくさんの人が訪れていて、第一楠木の前で、合掌・礼拝している人がいました。ここ来宮神社には御神体があるのでしょうが、こういうのを見ていると、ここの実質的な御神体は、二本の大楠木であるような気がします。

さて神社境内には、大楠木に関する案内板が立っています。

「日本最樹齢の樟 国指定天然記念物

大 樟

文部大臣指定 昭和八年二月二十八日

樹齢 二千年以上 周囲 二十三.九米 高さ 二十六米以上

御由緒

古代においては、此の樟 神の御霊をお招きしてお祀りしておりました。現在は当社の御神木となっております」

来宮大楠3

この大楠木が、この神社の御神木であると、はっきり書いてあります。

 

「神木」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%9C%A8

「神木(しんぼく)とは、古神道における神籬(ひもろぎ)としての木や森をさし、神体のこと。また依り代・神域・結界の意味も同時に内包する木々。一般的に神社神道の神社、神宮の境内にある神体としての木や神聖視される木、その周りを囲む鎮守の森や、伐採をしないとされる木を指す」

 

ここにはっきり書いてあります。神木とは、神体としての木や神聖視される木、その周りを囲む鎮守の森や、伐採をしないとされる木のことである。

 

「神木」

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E7%A5%9E%E6%9C%A8&dtype=0&dname=0na&stype=0&pagenum=1&index=09680500

「1 神社の境内にある木。特に、その神社にゆかりがあって神聖視されている樹木。一般に、注連縄(しめなわ)を張りめぐらしたり柵(さく)を設けたりする。

2 神霊の宿る木。神樹。多く、榊(さかき)をいう。

3 「春日(かすが)の神木」に同じ。」

 

こちらはヤフー国語辞典ですが、「神聖視されている樹木」と書いてあります。

まさにこの楠木が「神木」になっていることが、日蓮正宗大石寺の「戒壇の大本尊」なる板本尊が後世の偽作である証拠だということです。

「神国王御書」「諫暁八幡抄」といった遺文(御書)からして、日蓮は天照大神、八幡大菩薩といった日本の神々、大日天王、大月天王、大明星天王といったインドの神々を敬っていて、これらの神々を、自らが図顕した大漫荼羅本尊に列座せしめています。

「国主をたづぬれば神世十二代、天神七代地神五代なり。天神七代の第一は国常立尊、乃至第七は伊弉諾尊、伊弉冉尊。地神五代の第一は天照大神、伊勢大神宮日の神是なり。乃至第五は彦波さ武うの草葺不合尊、此の神は第四のひこほの御子なり。母は竜女なり。已上地神五代。已上十二代は神世なり。人王は大体百代なるべきか」(『神国王御書』御書全集p1296)

「仏と申すは三界の国主、大梵王・第六天の魔王・帝釈・日月・四天・転輪聖王・諸王の師なり。主なり。親なり。三界の諸王は皆此の釈迦仏より分かち給ひて、諸国の総領・別領等の主となし給へり」(『神国王御書』御書全集p1298)

「此の時仏出現し給ひて、仏教と申す薬を天と人と神とにあたへ給ひしかば、灯に油をそへ老人に杖をあたへたるがごとく、天神等還って威光をまし勢力を増長せし事、成劫のごとし。仏経に又五味のあぢわひ分かれたり」(『諫暁八幡抄』御書全集p1530)

「彼々の仏と神とは其の身異体なれども、其の心同心に法華経の守護神なり」(『諫暁八幡抄』御書全集p1538)

「平城天皇の御宇に八幡の御託宣に云く『我は是日本の鎮守八幡大菩薩なり。百王を守護せん誓願有り』等云々…日蓮料簡して云く、百王を守護せんと云ふは正直の王百人を守護せんと誓い給ふ。八幡の御誓願に云はく『正直の人の頂を以て栖と為し、諂曲の人の心を以て亭らず』等云々」『諫暁八幡抄』(御書全集p1542)

 

このように日蓮の遺文(御書)を読んでいけば明らかである。神々を敬っていた日蓮が、神木になっている楠木を伐採するはずが絶対にない。この証拠は決定的と言えましょう。

 

来宮大楠11