■熱海来宮神社3・「戒壇大本尊」偽作の楠木調査で訪問した熱海・来宮神社3

 

□楠が神木になっていることが大石寺の「戒壇の大本尊」が後世の偽作である証拠だ

 

来宮神社の楠木は、「神木」になっているわけですが、この「神木」とは、神体としての木や神聖視される木、であると同時に、伐採をしないとされる木ということである。

「神木」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%9C%A8

「神木(しんぼく)とは、古神道における神籬(ひもろぎ)としての木や森をさし、神体のこと。また依り代・神域・結界の意味も同時に内包する木々。一般的に神社神道の神社、神宮の境内にある神体としての木や神聖視される木、その周りを囲む鎮守の森や、伐採をしないとされる木を指す。

この他、神社の所有地、民間の所有地にあって民間伝承などの特別な謂われのある木を指す。」

 

このようにはっきり書いてあります。

この来宮神社の楠木も、神木であり、古くから伐採を制止してきた木なのである。

このことは、境内に建てられている来宮神社の建て札にはっきりと書いてあります。

「大樟(大楠)

天然記念物  文部大臣指定 昭和八年二月二十八日

樹齢二千年 周囲二〇米 高さ二〇米

…其の頃、此の社の森には七本の楠や椎の木、細葉の大木、羊朶類等が自生していて昼なを暗く大地を覆っていました。ところが今から約百二十余年前の嘉永年間と云ふ年に熱海村に大網事件と云ふ(流刑者まで出した)全村挙げての大事件が勃発し其の訴訟費など捻出するため、五本の大楠は伐られてしまったのです。現在残されている其の中の一本の此の大楠をも伐ろうとして樵夫が大鋸を幹に当てようとしたところ、忽然として白髪の老人が現れ、両手を広げて此れを遮るような姿になると、忽ち大鋸は手元から音をたてて二つに折れ、同時に白髪の老人の姿は消えてしまったのです。此れは神のお諭しであるとして村人等は大楠を伐る事を中止してしまいました。此の木が即ち現在ある御神木であります」

来宮大楠2 

境内には「大楠伝説」を伝えるパンフレットがあった。それには次のように書いてある。

 

「今から120年前の嘉永年間に熱海村に大網事件という全村挙げての漁業権をめぐる事件が勃発し、その訴訟費等捻出のため5本の樟(クス)は伐られてしまいました。現在残されているこの大樟(大クス)をも伐ろうとして漁夫が大鋸を幹に当てようとしたところ、忽然として白髪の老人が現れ、両手を広げてこれを遮る様な姿になると、大鋸は手元から真っ二つに折れ、同時に白髪の老人は消えてしまったそうです。これは神のお告げであるとして村人等は大樟を伐ることを中止致しました。この木が即ち現在ある御神木であります。この大楠に対して古代の人々は、『神の魂にお降り願う木』つまり神の依代として、この御神木の中に宿る神の魂と人々は対面し、尊び聖なる木として崇めてまいりました。斯くて2千年の長い間、落雷、暴風雨など、世の天変地異にも耐え、現在に至っております」

 

この来宮神社の発行したパンフレットによれば、白髪の老人の伝説は嘉永年間のものだが、二千年前からこの来宮神社の大楠は「御神木」として人々から崇められてきており、その御神木を伐り倒すことを制止するのが白髪の老人の伝説であると言えよう。

このように昔の人は、伝説や言い伝え話を語り継いで、御神木である大楠を伐り倒してしまうことを制止してきたのである。

こういったことからしても、「鎌倉・江戸小氷期」と言われる小氷期の身延山に、仮に楠木があったとしても、各地で御神木と崇められている楠木を日蓮が伐り倒すはずがない。

日蓮は神を、釈迦如来の垂迹であり、仏の所従であり、法味を得て法華経の行者を守護する諸天善神だと敬っていた。敬っていたからこそ、日蓮は自ら図顕した曼荼羅に日天、月天、明星天といったインドの神々や天照大神や八幡大菩薩といった日本の神々を入れている。

もっと言うと、日蓮は文永年間、大曼荼羅本尊に勧請した諸天善神を含む諸尊の全てに「南無」の二文字を冠した総帰命式の曼陀羅を図顕していた。日蓮は神々・諸尊を崇敬していたからこそ、諸天善神を含む諸尊の全てに「南無」の二文字を冠した総帰命式の曼陀羅を図顕していたのである。そこまで神々を崇敬していた日蓮が、「神木」と敬われている楠木を伐採・伐り倒すはずが絶対にない。

楠木の巨木で「戒壇の大本尊」なる板本尊を造立しようとするならば、他所から金銭を支払って楠木を買い求めねばならなかった。しかしそのようなことができるほどの経済力を日蓮は持っていなかった。

つまり大石寺の「戒壇の大本尊」なる板本尊は、後世の経済力のある大石寺法主が偽作した本尊ということである。

来宮大楠1