■鎌倉妙本寺4(本堂は南面・祖師堂は西面)

 

□堂宇・伽藍を南面して建てない理由は地形的・設計的な理由によるものか(?)

 

鎌倉妙本寺の境内は、実に広大な敷地なのですが、広い割には、堂宇・伽藍が少ない寺院に見える。京都妙伝寺、京都妙顕寺、京都本能寺のように、市街地の中にある境内に総門、本堂、祖師堂、子院、庫裡、客殿等の堂宇・伽藍が密集している寺院とは、対照的に見える。

三門をくぐって境内に入っていくと、目に入った伽藍・堂宇は、総門、祖師堂、本堂、宝物館、日蓮立像である。鎌倉妙本寺の中心堂宇は本堂と祖師堂。中心堂宇が二堂ある日蓮宗寺院の典型的な造りになっている。

祖師堂は、三門から境内に入っていって、総門をくぐり、一番奥にある十二間四面の堂宇。十二間四面の堂宇は、鎌倉では一番大きな堂宇であるという。行事のない日に鎌倉妙本寺に行っても、祖師堂の中の須弥壇の幕が下りていて、中を見ることはできない。

鎌倉妙本寺も日蓮宗寺院の通例として、中心堂宇である本堂と祖師堂が建っていますが、面白いことに本堂は南面して建てられているのに対して、祖師堂は西面して建てられている。

鎌倉妙本寺は、本堂の他、庫裡も南面して建てられていて、西面しているのは祖師堂のみ。

仏教寺院の堂宇は、基本的に南面して建てられるのが基本。これは中国の「君子南面」から来ているという。大半の仏教寺院の堂宇・伽藍は南面して建てられている。

ところが例外もある。奈良・興福寺、京都・妙伝寺、京都・清水寺、京都・寂光寺、京都・本能寺、京都・南禅寺等の堂宇は西面して建てられている。京都・天龍寺等の場合は、東面して建てられている。あるいは中心堂宇は南面して建てられていても、塔頭子院は南面していない寺院も含めたら、もっと数が多くなる。南面して建てられていない寺院は、京都に多いように思われる。

ということは、南面していない理由は、仏教的な意義付けではなく、立地条件であるような気がする。京都では、京都妙伝寺、京都妙顕寺、京都本能寺のように、市街地の中にある境内に総門、本堂、祖師堂、子院、庫裡、客殿等の堂宇・伽藍が密集している寺院が多数見られる。つまり設計上、南面して建てられないケースも多々あると思われる。

京都・清水寺、京都・南禅寺の場合は、京都東山の山の斜面に堂宇が建っており、地形的に堂宇を南面して建てることが不可能だと思われる。東山の山の斜面は西面しており、ここに仏教寺院の堂宇を建てるとなれば、山の斜面に沿って西面して建てたほうが自然である。

京都・天龍寺も、京都・嵐山の山の斜面に寺院が建っており、ここも嵐山の斜面に沿って堂宇を東面して建てたほうが、自然である。

それでは、鎌倉妙本寺の場合は、どうなのか。これも地形的・設計的な理由ではないか。鎌倉妙本寺の周囲は山に囲まれており、全ての堂宇を南面して建てるのは、むずかしいと思われる。

妙本寺21本堂 








 

□鎌倉妙本寺に参詣にやって来た日蓮宗女性行道僧の練り行列

 

さて夏に鎌倉妙本寺に行ったとき、偶然、団扇太鼓を叩きながら練り行列を組んで歩く行道僧の練り行列が、鎌倉妙本寺の中に入ってきたことがあった。行道僧全員が「なむみょうほうれんげーきょう」と唱えながら、団扇太鼓を叩き、延々と歩いてくる行道僧。見ていると男性僧のみならず、女性僧がたくさんいました。

この行道僧は、鎌倉妙本寺の僧侶なのかな、と思っていたら、そうではなく、東京・世田谷にある三界寺という寺院の行道僧で、鎌倉中の日蓮宗寺院を参拝して練り歩いているという。

妙本寺12行道僧












行道僧の練り行列は、鎌倉妙本寺三門から入ってきて、一直線に祖師堂に向かって練り歩き、祖師堂前で法華経如来寿量品の自我偈を読経。それが終わると、また練り行列を組んで、団扇太鼓を叩きながらの唱題。一列になって鎌倉妙本寺から退出していきました。

境内には、大きなカメラを持った数人のカメラマンがいて、行道僧の練り行列をパチパチと撮影。カメラマンたちは、半ば観光気分で撮影しているのでしょうが、撮影されている行道僧が気の毒になりました。かく言う私も、撮影していましたが。

妙本寺4行道僧










それにしても、練り行列を組んで団扇太鼓を叩きながら唱題。それで鎌倉中の日蓮宗寺院を次から次へと参拝するとあっては、これは大変な修行です。歩くだけでも大変な修行。

一日中、こうやって練り歩いていたら、私だったら、翌日は足腰が立たなくなってしまうくらい、へばってしまうことだろう。私も、京都市内の仏教寺院を歩きで寺院巡りをしたことがありますが、一日歩いていると、それこそクタクタに疲れ果ててしまいました。しかも行道僧は、歩くだけではなく、片手に団扇太鼓を以て太鼓を叩きながら唱題しているわけだから、これは大変です。

腕や手も疲れるだろうし、声も枯れてしまうのではないだろうか。修行でやっているとはいえ、大変なことだとお察しします。

しかし行道僧の練り行列を見ていて思ったのは、私が歩きで京都の寺院巡りをしたときですら、それこそクタクタに疲れ果ててしまったくらいだから、鎌倉中の日蓮宗寺院を団扇太鼓を叩き唱題しながら練り行列で参拝してまわったら、それこそ大変な苦行になる。

あの「富士門流執着軍団」の「ひねくれ者」たちも、行道僧のように、鎌倉中の日蓮宗寺院を団扇太鼓を叩き唱題しながら練り行列で参拝してまわっるくらいの修行をしてみては、どうなのだろうか。それくらいの難行苦行をやり遂げられれば、あのひねくれた性格も是正されるのでないかと思ったのだったが…()

妙本寺6行道僧