■佐野妙顕寺2(猊下から庫裡の応接間の座敷に通される)

 

□斉藤日軌貫首猊下から佐野妙顕寺庫裡の応接間の座敷に通される

 

佐野市とは栃木県南西部に位置する市で、一説によれば、日本列島の中心に位置しているとも言われている都市。関東近県にある都市ですが、東京から行くと、かなり遠く感じました。

まず東京地下鉄を乗り継いで北千住駅へ。ここで東武特急りょうもう号に乗車。東武伊勢崎線・館林駅で、東武佐野線の各駅停車に乗り換え。ところが特急と各駅停車がぜんぜん時間的に接続しておらず、約30分くらい、ホームで待たされてしまう。

東武佐野線の電車に乗って佐野駅で下車。佐野妙顕寺へは佐野駅から徒歩1520分くらいと書いてありましたが、方向が全くわからず、佐野駅前からタクシーに乗って佐野妙顕寺へ。タクシーで56分くらいで着きました。

佐野妙顕寺に到着後、本堂前にて拝礼した後、「天目上人御墓所」と書かれた大きな看板が目に入ったので、そっちへ。佐野妙顕寺に来た目的のひとつが、大石寺の偽書「本尊七箇相承」に書いてある天目命名の真偽を確かめる、ということがあったので、天目墓所に何かヒントがあるのではないかと思い、墓所後方にあった案内板の記述を読んでみました。

案内板の記述には、天目の生い立ちについては書かれていたが、命名の謂われについての記述はなし。しかしこの案内板の記述、私が一見しただけでも、「熱原甚四郎」「永仁二年、時の将軍足利義教より寺領三百石を寄進され…」等の誤った記述が見られる。「熱原甚四郎」は熱原神四郎の間違い。「永仁二年」は、1432年(永享4年)の間違いだと思われる。

これは、どうも天目命名の謂われは、貫首猊下に聞くしかないかな、と思い、天目墓所から庫裡受付へ行ってみることにした。

境内に目を遣ると、数人の僧侶が私のほうを注目しているのが見えました。

私が庫裡に入ろうとすると、庫裡の入り口は何と自動ドア。私がドアに近づくと、開き戸が一気に両側に開いたので、私のほうがビックリ。庫裡の玄関ドアが自動ドアというのも、珍しいのではないだろうか。

庫裡の玄関の中には受付があり、若い僧侶と寺族の女性がおり、私が「昨日、電話をした者です」と告げると、「あーあー」という感じ。受付にて斉藤日軌貫首猊下の著書「日蓮宗の戒壇-その現代的意義」を購入。早速、若い僧侶に、日蓮宗の戒壇についての見解等を尋ねると「今、貫首を呼んでまいります」と言って外へ。しばらく待っていると、外から斉藤日軌貫首猊下が若い僧侶と中に入ってきました。

斉藤日軌猊下は、ずいぶん体格の大きな人で、身長も私より高い。私も体格が大きいと言われることがあるのですが、斉藤日軌猊下は、私よりもひとまわり体格が大きな人。私は佐野妙顕寺に来た目的を説明すると、猊下から「あなたは、誰なのか」との質問。そこで来訪先で見せている「アンチ日蓮正宗」の名刺を手渡す。佐野妙顕寺に行ったのは、「アンチ日蓮正宗」をブログ化する前で、「仏教宗学研究会」ブログもなかったころのこと。

妙顕寺5 







 

貫首猊下は名刺を見て少し驚いた様子でしたが、

猊下「あなたの信仰する宗旨は何なのか」

○「私は無宗教です」

猊下「じゃあ、御実家は元々はどこの宗派の檀家さんなのですか」

○「実家は浄土真宗の檀家でしたね」

こんなやりとりがあり、すると猊下が「まあ、中に入りなさい」ということで、庫裡の中にある応接間のような座敷に通された。座敷に通された後、よく考えてみたのですが、私の来寺目的で「アンチ日蓮正宗」の名刺を見せて説明。すると猊下が「私の宗旨は何か」との質問があって、「実家は浄土真宗の檀家」と答えると、「それじゃあ、中に入りなさい」となった。

私が設立した「アンチ日蓮正宗」は「反宗門・反創価学会・反顕正会・反正信会」で、名刺には「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・SGI」とは書いてあったが、その時はそこまで詳しくは説明しなかった。ということは、元の宗旨が日蓮正宗だとか、創価学会だったら、私は庫裡の中に通されなかった可能性有る。私の実家は、祖父・祖母の代、父母の代までは浄土真宗大谷派だったが、「以外と浄土真宗というのは、信用が高いのだな」と、座敷に座りながら考えていました。

日蓮正宗の信者、創価学会の信者が、昔から日蓮宗寺院に来て、「破折」だの「折伏」だのと称して、日蓮宗の布教妨害行為等を重ねてきているので、日蓮宗でもそうとう警戒しているのではないかと思われる。

創価学会は昭和30年代から40年代前半にかけて、数百人規模の軍隊式の隊列を組んで身延山久遠寺に押しかけていって、街頭宣伝やビラまきなど、組織的な日蓮宗への妨害行為・非常識ないやがらせ行為を行ってきたことが、創価学会機関紙「聖教新聞」や教学理論誌「大白蓮華」等に堂々と載っている。

身延攻撃6聖教
















身延攻撃4秋谷





















































身延攻撃3

















今も日蓮正宗の法華講員が、日蓮宗寺院に押しかけてきて、僧侶に日蓮正宗への合同を迫るなどの、非常識極まりない妨害行為を行っている。こういうことが積み重なれば、日蓮正宗や創価学会の「信者」から「元信者」に至るまで、日蓮宗から警戒されるでしょうね。日蓮正宗や創価学会の関係者が日蓮宗寺院に来て話しをしても、布教妨害されるだけ、と思われてしまうのではなかろうか。元日蓮正宗、元創価学会の信者である美濃周人氏が、日蓮宗寺院巡りをしていたときに、「日蓮正宗の信徒です」と名乗ると、日蓮宗僧侶からかなり警戒されたことを著書の中で書いている。私は「無宗教」「実家は浄土真宗の檀家」と答えたので、猊下は、私の来寺目的が布教妨害が目的ではないと思われた、ということだろうか。

佐野妙顕寺に来たときは、何か先祖や祖父母・両親の宗旨に助けられたような気がしました。こんな気持ちになったのは、生まれて初めてのことでした。

妙顕寺13