□戦争に明け暮れていた時代の中で生まれた「平和の祭典」古代オリンピック・近代オリンピック

 

日本時間の98日午前5時、ブエノスアイレスで開かれていた国際オリンピック委員会総会は、2020年の夏季オリンピック開催地を東京に決定。私のまわりでも、夜通し、テレビやインターネットのニュースを注目していた人がたくさんいました。

近代オリンピックとは、国際オリンピック委員会(IOC)が夏季と冬季に開催する大会で、これは古代ギリシアのオリンピアの祭典をもとにして、世界的なスポーツ大会を開催する事をフランスのクーベルタン男爵が19世紀末のソルボンヌ大における会議で提唱、決議された。

古代オリンピックとは、古代ギリシアのエーリス地方、オリュンピアで4年に1回行われた当時最大級の競技会であり、祭典。紀元前9世紀から紀元後4世紀にかけて行われていた。もともとオリンピア祭は、ギリシャ神話に出てくるものだという。

近代オリンピックの元になった古代オリンピックの起源であるが、

「伝染病の蔓延に困ったエーリス王・イーピトスがアポローン神殿で伺いを立ててみたところ、争いをやめ、競技会を復活せよ、という啓示を得た。イーピトスはこのとおり競技会を復活させることにし、仲の悪かったスパルタ王・リュクールゴスと協定を結んだ。こうしてエーリス領地内のオリュンピアで始まったオリンピックだが、最初のうちの記録は残っていない。記録に残る最初のオリュンピア祭は、紀元前776年に行われた。古代オリンピックの回数を数えるときには、この大会をもって第1回と数えるのが通例である。」(古代オリンピック・フリー百科事典・Wikipedia)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF

私の子どもの頃、たしか学校で「昔のヨーロッパは戦争ばかりやっていたので、4年に1度は戦争をやめてスポーツの祭典をやろう、ということではじまったのがオリンピック」と教わった記憶がある。古代オリンピックの主旨としては、そんなにまちがった教わり方ではなかったように思う。

1896年のアテネ大会からはじまった近代オリンピックは、今や平和の祭典の象徴のようになった感がある。19世紀といえば、まさにアメリカもヨーロッパも戦争に明け暮れていた時代のこと。だから、古代オリンピックも近代オリンピックも、戦争に明け暮れていた時代の中で生まれた「平和の祭典」という言い方ができるのではないか。

 

 

□戦争・紛争を続発させている某宗派は4年に1度は紛争をやめよと言っても無理な話か

 

さてもうひとつ学校で教わった話をしよう。高校のときの古文・漢文の教師がこんなことを言っていたのが、今でも印象に残っている。「日本で仏教が繁栄した時代は平和な時代だった」

仏教繁栄による平和な時代として実例として挙げていたのが、聖徳太子、聖武天皇の奈良時代、桓武天皇の平安時代前期。飛鳥、奈良、平安前期が平和な時代だったというのは、そんな間違った見解でもないと思う。仏教保護というなら、徳川幕府も仏教を保護した政権であり、徳川時代も天下泰平の世だったと言えよう。

さて仏教と言うと、もうひとつの側面がある。かつて創価学会幹部の一人が私にこんなことを言ったことがあった。「法華経が広まった時代は、日本は平和だった」

その実例として挙げたのが、聖徳太子の飛鳥時代、桓武天皇の平安時代。しかしこの見解は間違っている。なぜなら、聖徳太子や桓武天皇が崇敬したのは何も法華経だけではない。時の天皇は比叡山延暦寺の戒壇建立を勅許したが、弘法大師空海の真言宗も公認している。

私から言わせれば、むしろ法華経が元で起こった戦乱・内紛は数知れず起こっている。

永保元年(1081)に白河院の綸旨により園城寺に建壇された三麻耶戒壇を認めるか認めないかで勃発した比叡山延暦寺と園城寺の紛争。京都妙顕寺が勅願寺になることに反対して勃発した比叡山延暦寺と京都妙顕寺の紛争。天文法華の乱。京都妙顕寺の中で起こった本迹論争と日隆門流の独立。京都妙顕寺と日隆門流・京都本能寺の紛争。比叡山延暦寺宗徒は園城寺や京都妙顕寺を焼き討ちにし、天文法華の乱では全京都を灰燼にしてしまった。比叡山延暦寺に焼き討ちにされた京都妙顕寺宗徒は、逆に日隆門流・京都本能寺を焼き討ちにしている。戒壇論争や教義論争が武力紛争にまで発展してしまっている。それらの紛争を研究して行くと「法華独善」というものが見え隠れする。

守護大名を滅亡させ、農民自治の世界を造り上げ、織田信長と戦争をした本願寺・一向一揆も室町時代・戦国時代に戦争を巻き起こした。本願寺教団の勢力は、天下人の織田信長、豊臣秀吉、徳川家康も畏怖させるほどであったが、徳川家康の時代になって本願寺が東西に分裂になり、宗門改で徳川幕藩体制の中に組み込まれる。

たしかに仏教には平和思想というものがあると思うし、聖徳太子、聖武天皇の奈良時代、桓武天皇の平安時代前期は、仏教の繁栄が平和をもたらしたと思う。しかし一歩間違えて「独善」や「法華独善」に嵌り込んでしまうと、一転して比叡山延暦寺と園城寺の紛争、天文法華の乱。京都妙顕寺と日隆門流・京都本能寺の紛争、といった戦争や紛争が巻き起こる。

近年の日蓮正宗の内紛、日蓮正宗と創価学会、顕正会、正信会の三つどもえ、四つどもえの紛争も全く同じである。これらの戦争や紛争は、平和思想とは全く真逆のものであろう。「日蓮正宗や創価学会は仏教ではない」と批判する人もいるくらいだ。

西洋の戦争の中から古代オリンピックが生まれた。仏教の流布は平和をもたらした時代もあったが、必ずしもそうなったわけではなく、戦争や紛争が巻き起った時代もあった。今も仏教の一宗派を名乗る教団が「唯一正統」なる独善的な標榜を掲げて、内紛に明け暮れている。仏教からはオリンピックは生まれなかったが、この「唯一正統」なる独善的な標榜を掲げる教団に「4年に1度は戦争をやめてオリンピックをやろう」と言っても、耳に入らないかも知れない。彼らは4年に1度云々よりも、その独善的思想を捨て去ることのほうが先決であろうから。

2020東京1 

(2020年オリンピック東京開催決定を報道する新聞)