西山本門寺29客殿


■「富士山本門寺(西山本門寺)1(大石寺と同じ閉鎖的体質)


西山本門寺(にしやまほんもんじ)とは、1343年(康永2年)日代の開山として静岡県富士郡芝川町西山671にある法華宗興門流の本山で、日蓮正宗大石寺、重須(北山)本門寺、日蓮正宗妙蓮寺、小泉久遠寺とともに富士門流の「富士五山」を構成し、また、京都要法寺、伊豆実成寺、保田妙本寺とあわせて「興門八本山」のひとつにも数えられる。

この西山本門寺は、戦後のある時期、というか一時的に日蓮正宗に合同していた時があった。

1957(昭和32)年、西山本門寺が本山単独で日蓮宗を離れ檀家の承諾を得ないまま日蓮正宗に合流したのである。旧末寺の一部は日蓮宗に残留したが、これに檀家側が猛反発して裁判となり、檀家側が勝訴する。それによって再び西山本門寺は日蓮正宗から独立し、現在まで単立の宗教法人であるが法華宗興門流と宗名を公称している。

 

西山本門寺28客殿

この西山本門寺は、最寄り駅はJR身延線・芝川駅ということになるが、かなり駅からは遠く離れた、山の中にある。芝川駅から町営バスが出ているとはいうものの、電車・バスを乗り継いでここへ行くというのは、まことに困難である。

どちらかというと、富士宮方面から車で行ったほうが便利だと思う。

 


県道を走っていると「西山本門寺」の大きな看板が見えてくるが、ここから車では入れない。ここから大きく回り込んで、切り立った杉林の中を抜けていかなくてはならない。なんか本当に不便なところにある寺院である。

黒門をくぐり、参道の石段を上がっていくと広大な境内が広がっている。しかし参道の周りには、たくさんの木が生い茂っているのだが、かつてはもっとここには塔中坊がたくさんあったのだろうか。西山本門寺の境内を見ていると、なんとなくそんな気がした。

境内地は実に静寂で、シーンと静まり返っている。薄気味悪いくらい人っ気がほとんどない。

 西山本門寺1参道石段


境内地の一角には、織田信長の首を収めたと伝えられている首塚と称するものまであった。なんで西山本門寺に織田信長の首塚があるのか。歴史学的研究によると、本能寺の変の後、明智光秀の武将たちが信長の遺体を探したが見つからなかったといわれているが…。

 


本堂の前には、大銀杏の木が一本あった。本堂の扉は固く閉められており、ここも何かすごく閉鎖的な所という印象である。ぜんぜん中を窺い知ることができない。本堂の正面には「本門寺」と書かれた表札が掲げられていた。この本堂には、一体、なにが祀られているのだろうか。

そこで僧侶らしき? (坊主頭だが僧衣を着ていない)人を見つけて質問してみると、日蓮真筆の漫荼羅本尊であるという。日蓮がいつ書いた本尊かと聞くと、「わからない」という返事。本尊を見せてほしいと言うと、「今、他に人がいないので、手続きが出来ない」との返事。

ただ毎年418日には西山本門寺所蔵の重要文化財の虫干しが行われ、重要な品の数々が一般公開されるとのこと。

それからここ西山本門寺には、元創価学会幹部で民音職員の僧侶・松本修明氏がいると聞いていたので、会わせてほしいと言うと、「ここにはそんな僧侶はいない」との返事。

これについては、よく調べてみると、この松本修明氏という人は、九州にて、出家したが、得度して正式僧侶となる前に自主独立し、師僧より僧侶認定を受けていないので、正確に言うと、勝手に僧侶を名乗っている私度僧であるという。ただ私度僧なのに、どういうわけか富士山蓮華寺という寺の住職に収まっているとのこと。何か不可解な人である。

西山本門寺は、今は日蓮正宗大石寺から独立してはいるものの、こと「閉鎖性」に関して言えば、大石寺と実によく似ている。それともこういう体質は、富士門流の各本山に共通した体質なのかもしれない。