□韓国が日本に仏像を返還しても返還を拒否しても日韓の二国間問題化は不可避の情勢

 

2012年(平成24年)10月、長崎県対馬市の臨済宗南禅寺派・観音寺の観世音菩薩坐像、対馬市の海神神社の国指定の重要文化財「銅造如来立像」や多久頭魂神社の長崎県指定の有形文化財「大蔵経」が盗まれる事件が発生。2013年(平成25年)1月になって容疑者の韓国人の男(69)ら韓国人盗賊団3人が韓国警察に文化財保護法違反容疑で逮捕された。一審の韓国大田地裁は盗賊団三人に有罪・実刑判決を下す。つづいて韓国大田高裁は、一審判決を支持して控訴を棄却した。被告が上告しても韓国最高裁では、数ヶ月以内に判決が出ると言われており、韓国人盗賊団の有罪が確定すれば、日韓交渉で、盗まれた仏像二体が日本に返還されるかどうかに注目が集まると思われる。(もうひとつの盗まれた「大蔵経」は所在不明)

この仏像盗難事件は、竹島、従軍慰安婦、賠償金問題、李明博大統領の天皇侮蔑発言、朴槿恵大統領の反日発言等々と並ぶ、日韓の二国間問題に発展しつつある。

「盗んだ仏像を日本に返還せよ」という日本政府の要求の根拠は、1970年にユネスコが採択した文化財不法輸出入禁止条約である。この条約では盗難文化財の原所有国への返還義務を定めており、日韓両国ともにこの条約に署名・批准している。日本政府は、この条約に基づき、盗賊団が韓国に持ち込んだ仏像の日本返還を要求している。

韓国瑞山市の浮石寺信徒会は、この仏像はもともと浮石寺にあったものを日本が不当に強奪したのだと主張し、観音寺ではなく浮石寺に返還するよう求めている。

韓国の大学教授らは銅造如来立像は神功皇后が略奪したもの、観世音菩薩坐像は倭寇が、朝鮮から日本に略奪したと主張。 韓国最大の仏教宗派・曹渓宗は、これら仏像等の文化財は日本に略奪されたという立場から「文化財の不法略奪、不法流出、盗難行為ついては、歴史的・時代的状況を遡及して適用すべきだ。」と公式声明を発した。曹渓宗の浮石寺は韓国大田地裁に「有体動産占有移転の禁止仮処分申請」を要求。20132月、窃盗団から回収した観世音菩薩坐像を保管する韓国政府に対し、韓国・大田地裁が仏像を正当に取得したことが訴訟で確定するまで、日本への移転を差し止める仮処分を決定した。

20139月、日韓文科相・文化体育観光相会談で、韓国側は「当然、日本に返還すべきだ」と語ったが、これが韓国に報道されるや韓国世論が猛反発し、「原則を確認しただけ」と後退した。

韓国最高裁で韓国人盗賊団の有罪が確定したら、日韓の政府間交渉で、韓国政府は対馬仏教寺院から盗まれた仏像を日本に返還するのか。それとも「神功皇后や倭寇が略奪したものだ」と言って返還を拒否するのか。仮に、対馬仏教寺院から盗まれた仏像が本当に神功皇后や倭寇が略奪したものだとしても、韓国政府が仏像返還を拒否すれば、文化財不法輸出入禁止条約違反は明らかである。その場合、日本政府はどうするのか。日本は国際世論に訴えて、韓国への制裁をするのか。日本が何もしなければ何もしないで、日本の世論が納得しないと思われる。日本政府を批判する日本の世論が沸騰することが予想される。

 

 

それでは韓国政府が日本に対馬仏教寺院から盗まれた仏像を返還すれば、何も問題なく終わるのかというと、そうとも思われない。韓国仏教宗派・曹渓宗は、これら仏像等の文化財は日本に略奪されたという立場をとっており、対馬の観音寺ではなく韓国・浮石寺に返還するよう求めていることから、仏像が日本に返還されると判明した時点で、韓国国内の反日世論が沸騰することが予想される。さて、この問題はどうなるのか。韓国政府は、仏像を日本に返還するのか、しないのか。どちらになっても、問題化は避けられそうにない。

以上のような情勢であるので、この盗難仏像事件の問題は、国際問題化しそうな雲行きになっている。「たかが仏像」などと言って、侮ってはいけない。

2001226日、アフガニスタン・タリバン政権は、アフガニスタンのバーミヤンにある石窟の大仏像(バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群)を、ダイナマイトで爆破するという前代未聞の文化遺産破壊事件を起こした。このタリバンの蛮行に対しては世界中の仏教国・キリスト教国のみならず、イスラム教諸国に至るまでタリバン政権を非難し、支持した者は、偏狭なイスラム原理主義者など、ごく少数にとどまった。

その後、このタリバン政権は、2001911日、アメリカ同時多発テロ事件を引き起こした国際テロ組織・アルカイーダの首謀者をかくまっているとして、アメリカがテロ事件の容疑者としてアルカーイダ関係者を引き渡すように要求。しかしタリバン政権はこれを拒否したため、アメリカと有志連合諸国は国際連合安全保障理事会決議1368による自衛権の発動としてアフガニスタン攻撃を開始。これと連動してアフガニスタンの反タリバン勢力であった北部同盟も進撃を開始した。200111月までにタリバン政権は、アメリカと北部同盟の進撃で、首都カーブルとタリバンの拠点・カンダハルを含むアフガニスタンの大半の領域を喪失した。

もっともアフガニスタン・タリバン政権の場合は、過激なイスラム原理主義思想により、娯楽や文化を否定し、公開処刑を日常的に行い、女性は学ぶ事も働く事も外出さえも禁止された。1996年、タリバン政権はウサマ・ビン・ラーディンとアル・カーイダの幹部のアフガニスタン滞在を許可し、アル・カーイダにテロ訓練キャンプなどを提供。1999年、国際連合安全保障理事会においてタリバン政権に対しビン・ラーディンとアル・カーイダ幹部の引渡しを求め、実行されない場合には経済制裁が行われる国連安保理決議1267が採択された。しかしタリバン政権はこれに従わず、経済制裁が行われた。バーミヤン大仏爆破事件だけで、タリバンが政権を喪失したわけではないが、歴史的経緯から見て、バーミヤン大仏爆破事件がタリバン政権喪失に大きく影響したことは事実と思われる。一昔前、二昔前まで、文化財や仏像の問題が、政治問題、国際問題に発展することなど皆無だった。それが今は違う。それだけ時代が代わったということになるのかもしれない。

仏像盗難1 
















(対馬寺院の仏像盗難事件を報じる新聞)

 バーミヤン大仏3











(タリバンによって爆破破壊される以前のアフガニスタン・バーミヤン大仏)