■鶴岡八幡宮1(静の舞・大銀杏の木)

 

□朱色の舞殿にて静御前が源義経を慕って舞った『静の舞』が行われる鶴岡八幡宮

 

鶴岡八幡宮(つるがおか はちまんぐう)とは、古都・鎌倉のシンボルであり、中心的存在。

私としては、何年に一度ぐらいの頻度で、ここに初詣に行っている他、鎌倉へは何度も寺跡調査で足を運んでいますんで、そのたびにここへ立ち寄っている。たまたま行った時、偶然に鶴岡八幡宮の境内で「鎌倉まつり」が行われていた時に遭遇したこともありました。

直近の初詣は2008年の初詣で参拝しています。ここに行くと、いつもものすごい人出にほんとにビックリしてしまう。正月の初詣や「鎌倉まつり」の時の人出は、それこそハンパじゃないくらいで、鶴岡八幡宮の周辺は、車の交通規制まで行われるくらいだが、普段の週末なんかでも、若宮大路や鶴岡八幡宮周辺には、ほんとにたくさんの人たちが歩いている。こういうたくさんの人出を見ていると、この古都・鎌倉というところ、鶴岡八幡宮が、一般市民の人気スポットになっているんだなあ、と思う。

鶴岡八幡宮の三之鳥居をくぐるとすぐ右に源氏池、左側に平家池という池があり、中央には石の太鼓橋が架かっている。源氏池には産を意味する三つの島、平家池には死を意味する四つの島が配されている。これは北条政子が源平合戦の源氏の戦勝を祈願して寄進したものだという。この源氏池、平家池には、夏になると、紅白の蓮の花が咲いて、これがまた美しい。

鶴岡八幡宮から由比ヶ浜まで一直線に伸びる若宮大路と呼ばれる大通りの、二之鳥居から三之鳥居まで、通りの中央が一段高くなっている、通称・段葛(だんかずら)と呼ばれる歩道がある。

ここは源頼朝が、妻・北条政子の安産を祈願して1182(寿永1)年に築いたものなのだが、ここの両側には、桜の木がずーっと植えられていて、春には段葛全体が、見事な桜のトンネル状態になる。こう見てみると、鶴岡八幡宮というところは、春・夏・秋を通じて、花のきれいなところなんです。

あと、毎年4月の第二日曜から第三日曜にかけて、鎌倉まつりと呼ばれるビッグイベントが、鶴岡八幡宮を会場にして行われる。中でも有名なのが、静の舞と流鏑馬だ。流鏑馬(やぶさめ)は、4月第二日曜13時から、境内地中央の東西に伸びる流鏑馬馬場で行われる。疾走する馬上から正方形をした三つの的を射落としていくという勇敢な行事で、NHKのローカルニュースなどでも紹介される行事だ。静の舞(しずのまい)とは、4月第二日曜15時から、表参道の途中に建っている朱色の舞殿にて行われる。吉野山で源義経と別れ、鎌倉に連れてこられた静御前が、ある日、源頼朝の求めに応じて舞を踊った。その時、舞った静御前が、源義経を慕う次の歌を詠んだ。

「吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき」

「しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな」

ただし当時はまだ舞殿は建立されておらず、実際に静御前が舞ったのは若宮社殿の回廊だといわれている。この故事にならって、境内の舞殿では、古式ゆかしい舞が再現される。

私としては、この鎌倉まつりの静の舞も素晴らしいと思うのですが、NHK大河ドラマ「草燃える」で、この源頼朝(石坂浩二)の前で、静御前(賀来千賀子)が舞う、静の舞のシーンが見事に演じられていて、とても印象深い。正月の初詣以外にも、鎌倉まつりや、きれいに咲く春夏秋の花の鑑賞に行くのも、いいかな、と思いますね。

 

 

□平成22年(2010310日に強風のために根元から倒れた源実朝暗殺現場の大銀杏の木

 

鎌倉のメインストリート・若宮大路(わかみやおおじ)の突き当たりに、緑の濃い樹木に包まれて、鶴岡八幡宮の朱塗りの社殿が建っている。ここは、康平6年(1063年)8月に河内国(大阪府羽曳野市)を本拠地とする河内源氏2代目の源頼義が、前九年の役での戦勝を祈願した京都の石清水八幡宮護国寺(あるいは河内源氏氏神の壺井八幡宮)を鎌倉の由比郷鶴岡(現材木座1丁目)に鶴岡若宮として勧請したのが始まりと言われている。

治承4年(1180年)10月、平家打倒の兵を挙げ鎌倉に入った河内源氏後裔の源頼朝は、12月に宮を現在の地である小林郷北山に遷し、以後社殿を中心にして、幕府の中枢となる施設を整備していった。現在の建物は、江戸時代に徳川幕府の庇護を受けて再建、大規模化したもの。

今も鎌倉のシンボルとして賑わっていて、とくに正月の初詣には、全国有数の人出がある。

ところで鶴岡八幡宮といえば、あの大銀杏(おおいちょう)の大木が有名だ。これは、表参道から本宮に通じる61段の石段の途中左手にある。この木は高さ30M、幹まわり約7M、樹齢1000余年といわれる巨木だ。建保7年(1219年)127日の雪の夜、鎌倉幕府二代将軍・源頼家の子で八幡宮の別当を務めていた公暁は、この銀杏の木に隠れて待ち伏せ、三代将軍・源実朝を殺害したと伝わる故事で知られ、俗に「隠れ銀杏」と呼ばれるようになった。

たしかにこの巨木の幹まわりでは、人ひとり、余裕で潜んだり隠れたりすることができる。

しかし、源実朝暗殺の故事そのものは、当時のこの木の樹齢を考えると、人が隠れることのできる太さにはまだ成長していなかったという説もあるため、真偽は不明である。伝説を疑問視する説もあれば、公暁が身を隠したのは先代の樹であり現在の樹は二代目であるとする説もある。

昭和30年(1955年)より神奈川県の天然記念物に指定され、鶴岡八幡宮のシンボルとして親しまれていた。まあそれでも、こういう故事を聞くと、私なんかは、歴史のロマンを感じてしまうんですが…。この大銀杏の木は1112月にかけて、黄色に染まって、なかなか美しいものがあった。

ところがこの大銀杏の木が、平成22年(2010年)310日に、強風のために根元から倒れるという事件が起こったのである。この事件は、世間を驚かせた。315日、根元から高さ4メートルまでが、7メートル離れた場所に移植された。残る2つは境内に保存されているとのことである。

私が2008年の初詣で参詣したときは、大銀杏の木が倒れる前である。

鶴岡八幡宮2


鶴岡八幡宮1


鶴岡八幡宮3 

(鶴岡八幡宮)