■京都知恩院2(御影堂・平成の大修理)

 

2019(平成31)年まで「平成の大修理」の素屋根に覆われている知恩院御影堂

 

知恩院の表玄関は、三門である。2002(平成14)年に知恩院の三門と御影堂が国宝に指定されている。今の三門は1621(元和7)年、徳川二代将軍秀忠の建立・寄進によるもの。起工が1619(元和5)年だから、造営に二年の歳月がかかっている。知恩院の見解によれば、三門は高さ24m、横幅50m、屋根瓦7万枚。木造の門としては世界最大級のスケールだという。見るからに巨大な門で、三門前には駐車場が広がり、浄土宗信徒用の和順会館がある。20141月に知恩院に行った時には、駐車場に数台の観光バスが停車していました。団体参拝の人を乗せてきた観光バスではないかと思われます。

この時は、京都東山のウェスティン都ホテルに宿泊し、ホテルから徒歩で三条神宮道の信号から神宮道を歩き、青蓮院の門前を通って知恩院に行ったのですが、このあたりは車や人通りの騒音が全く聞こえない静寂な所。知恩院三門の位置は、京都市街のメインストリート・東大寺通から、少し引っ込んだ所にある。にもかかわらず大通りの騒音は全然聞こえてこない静寂な空間である。三門をくぐって男坂を登り御影堂、法然上人御堂(集会所)、阿弥陀堂近辺まで来ると、参詣者の話し声しか聞こえてこない。法然上人御堂(集会所)で僧侶の読経がはじまると、読経の声がマイクを通して境内に聞こえてくる。こういう雰囲気を味わえるのは、いいですねえ。

巨大な三門をくぐると、その先には男坂と呼ばれる急な石段がある。男坂の横手には、ゆるやかな石段の女坂がある。男坂、女坂の名の坂は、日蓮宗総本山・身延山久遠寺にもあります。

知恩院のメインの堂宇は、男坂・女坂を登り切った所にある御影堂である。ちなみに知恩院「御影堂」は「みえいどう」と読む。これが浄土真宗大谷派本山・真宗本廟(東本願寺)の「御影堂」、浄土真宗本願寺派本山・西本願寺の「御影堂」は、「ごえいどう」と読む。

知恩院「御影堂」は浄土宗開祖・法然の尊像(御影像)を祀る堂宇。御影堂は、入母屋造り・本瓦葺きで奥行き35m、間口45m、瓦の数は約9万枚という巨大な堂宇。堂内には約4000人が収容できるという。ここは1639(寛永16)年、徳川三代将軍家光によって建立されたもの。これも造営に二年かかっており、落慶したのは1641(寛永18)年である。

知恩院は1517(永正14)年に火災にあっており、多くの堂宇が焼亡しているが、法然御影像は焼亡を免れたという。戦国時代の京都は、応仁の乱、天文法華の乱等、市街地が焦土と化す戦災があり、これにより知恩院も災禍を蒙ったものと思われる。その知恩院は1530(嘉禄3)年、後奈良天皇より宸翰「知恩教院」「大谷寺」の勅額を授与され、勢至堂が再興されている。

御影堂の法然像は毎年1225日に御身拭式が行われていたが、平成23年(2011年)1225日には御影堂大修理に伴い、御身拭式の後、御影堂から法然上人御堂(集会所)遷座式が執り行われ、御影堂修理の間、法然上人御堂(集会所)に祀られている。

 

 

御影堂は、現在、元祖法然上人八百年大遠忌記念事業として「平成の大修理中」。大修理の完成は2019(平成31)年ということだから、あと5年もかかる。それまでの間、御影堂は巨大な鉄覆の素屋根に囲まれたままになっている。ではこの「平成の大修理」で、どこを修理するのかというと、修理の中心は、約9万枚もあるという屋根瓦の全面葺き替え。また長年にわたる屋根・瓦の重みで、屋根を支える木造の骨組みに歪みが生じているということで、瓦を全て降ろした後、小屋廻りや軒廻りを修理するのだという。新しい御影堂の屋根瓦は、横37cm、縦41cm、厚さ3cmで重量は約8kg。普通の屋根瓦の約3倍の重さがあるという。

ではこの「平成の大修理」はどれくらいの費用がかかるのか。2012(平成24)年から2019(平成31)年までの8年間の総事業費は約50億円だという。かなりの費用がかかりますね。これだけ莫大な費用がかかるからか、知恩院では境内で1万円以上の志納金を寄付した人に、御影堂の新しい瓦に志納者の名前を入れるということを行っている。志納金1万円以上の人には、御影堂の瓦に自宅の都道府県名、氏名、団体名、寺院名を入れる。志納金5万円以上の場合は「○○家先祖代々 施主 京都府 ○○太郎」といったもの、あるいは戒名や祈願文を書き入れるという。

「平成の大修理」の志納金を寄付する人は、どれくらいいるのだろうか。さらに志納金を寄付した人は、御影堂「平成の大修理」の修理現場の見学ができる。ただし毎日行っているわけではなく、年末年始を除く毎月第一日曜日のみの正午と午後2時の12回で、どちらも30分。

御影堂「平成の大修理」期間中は、御影堂に隣接する集会堂に法然御影像を遷座。ここを「法然上人御堂」と改名して、法要を執行している。他宗的な言い方をすれば、「仮御影堂」として集会堂を使っているということ。御影堂は入れなくなってしまっているが、「法然上人御堂」にて法然御影像と対面できた。私が知恩院に参拝した日が日曜日だったせいか、かなり大勢の人が参拝に来ていた。「法然上人御堂」内陣では、誰かの命日忌なのか、法要が行われていた。ここの内陣は僧侶の導師席が後ろにあり、焼香する人は、内陣の前方に座って焼香している。つまり導師の僧侶は、焼香する人の後ろに座って読経しているわけで、こういう法要のスタイルは、珍しいのではないだろうか。

「法然上人御堂」では、家内安全、心願満足、交通安全等々の祈願の護摩木があり、1500円で申し込み。「法然上人御堂」に参拝した多くの人が護摩木祈祷の申し込みをしていた。浄土宗では東京・増上寺でもそうだが、祈祷を行っているが、法然の弟子・親鸞が開いた浄土真宗では、どこの派でも祈祷を行っているのを見たことがない。こういったところは、浄土宗と浄土真宗のちがいのひとつのようです。

御影堂1


 


















(「平成の大修理」中で素屋根に覆われた知恩院御影堂)

 御堂3



















(法然上人御堂)