■広島県1・広島1・「広島平和公園」1(原爆戦没者慰霊碑・原爆ドーム)

 

□確認できなかった広島平和記念公園・原爆戦没者慰霊碑にあるとされるWe」が入る英文碑文

 

毎年8月になると86日の広島・原爆の日、89日の長崎・原爆の日、815日の終戦の日がやってくる。86「原爆の日」は、アメリカ軍が広島に原子爆弾を投下した日。昔は「原爆記念日」なんて言っていたが、原爆が投下された日「記念日」と言っていいものかどうか、という疑問はある。今は「原爆忌」とか「原爆の日」と言うようである。海外では「ヒロシマ」というふうに、原爆投下の日とともに、広島の名前が広く知れ渡っている。

その広島・原爆の日のニュースを聞くと、何度か広島に旅行したときに、広島市の「広島平和記念公園」を訪れたときのことを思い出す。ここへ行ったときは、原爆戦没者慰霊碑の前で、鎮魂の祈りをささげていますが、原爆投下という一瞬の出来事のために、あっと言う間に命を奪われてしまった人たちのことをここで思うと、ホントにいたたまれない気持ちになった。「広島平和記念公園」に何度も行ったが、いずれのときも、原爆戦没者慰霊碑の前に、たくさんの花が添えられていたのは印象に残ります。

「広島平和記念公園」原爆戦没者慰霊碑には「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」という碑文が刻まれている。これは1990年代の頃、「朝まで生テレビ」という番組を見て知った。おそらく19906月の広島ホームテレビでの収録した「激論! 地球新時代の戦争と平知と核」のときではないかと思う。そのテレビ番組やいろんな場で、原爆投下をしたのはアメリカであり、広島をはじめ日本全国の主要都市が焼け野原になるまで戦争をしたのは日本政府なのだから、この「過ちは 繰返しませぬから」という碑文が、「不適切ではないか」という批判を何度も聞いた。

それに対して広島の平和団体からの反論は、たしかに日本文の碑文は主語がない文体になっているが、英語の碑文は主語が「We」となっていて、人類全体が過ちを犯さないことを誓ったものだ、というものだった。これを聞いて知っていたので、「広島平和記念公園」に行った時、原爆戦没者慰霊碑にあるとされる英語の碑文を探してみた。しかし日本文の碑文は確認できたのですが、その「We」が入った英文の碑文は、どこに書いてあるのか、確認できませんでした。この英文の碑文って、どこに書いてあるんですか??碑文の内容はともかく、何度ここへ行っても、ここへたたずんだ瞬間に、ホントに気持ちが厳粛になり、原爆投下で亡くなられた方々の心を思う場所です。

その広島平和記念公園の中にあるのが、広島平和記念資料館。ここは、広島市への原子爆弾投下の惨状を今に伝える資料を展示する資料館である。この広島平和記念資料館の中の展示を見ていると、まさに胸を締めつけられる思いがします。原爆投下によって、凄まじいばかりの放射線、熱線、爆風が発生し、これがさまざまな地獄絵図を地上にもたらした。石段に人の跡が影のように残った人影の石、原爆投下時刻で停止してしまった腕時計、ケロイドの標本…など、原爆投下に関する、いろいろな資料が展示されている。これらひとつひとつの展示を見ていると、原爆・核兵器というものが、いかに悲惨な結果をもたらすのか、いかに悲惨な大量破壊兵器であるか、ということが、ストレートに伝わってきます。

 

 

□核兵器が悲惨な大量破壊兵器であるかがストレートに伝わる広島平和記念資料館の展示

 

一番最初にここへ行ったのは1989(平成1)年のことで、1993(平成5)年の全国旅行のときも行っていますが、その後、展示替えや建物の改装が行われたらしく、2001(平成13)年に行ったときは、新たに東館が増築され、模様替えになっていた。見学所要時間は40分というふうになっていますが、ここには実に膨大な資料が展示されていて、すべての資料をくまなく見学してまわるには、2時間以上かかるのではないかと思われる。あと、いろいろ調べてみたら、この広島平和記念資料館の西館(本館)の建物は、1955(昭和30)年に開館したものだというから、かれこれ築53年にもなんなんとするものなのだという。そして2006(平成18)年、資料館西館は、第二次世界大戦後の建築物としては初めて国の重要文化財に指定されたとのことである。

私は広島に行った時、いずれのときも、広島平和記念公園、広島平和記念資料館と、この原爆ドームを見学に訪れています。毎年、86日の広島・原爆の日を迎えると、はやり思い出しますね。この原爆ドームは、広島平和記念資料館の展示と並んで、原爆・核兵器・核戦争の恐ろしさ・悲惨さ・残酷さををストレートに伝えるものとして、私の脳裏には、強烈な印象が残っています。

原爆ドームや広島平和記念資料館、広島平和記念公園を訪れた人は、だれしもが

「核兵器とはこんなにも酷い兵器なのか」「核戦争は絶対にあってはならない」「核戦争ほど残酷で悲惨なものはない」という思いを抱くのではないでしょうか。戦後の日本が、辛うじて戦争の道を歩むことがなかったのは、平和憲法やアメリカの核の傘ということもあったのでしょうが、私はこれに加えて、この「広島」の存在があったからではないかと思います。そういう意味で、伝統仏教や新宗教が行っている平和活動とか平和運動というものは、すくなからず必要なものではないかと思う。現在、原爆ドームは、ユネスコの世界遺産に登録され、世界遺産の中でも、人類が犯した悲惨な出来事を思い出させ、そうして悲劇が二度と起こることのないよう戒めとするために登録された「負の世界遺産」と呼ばれている。私は、この原爆ドームはもとより、広島平和記念公園の慰霊碑、広島平和記念資料館の展示も含めて、永久に残してほしいと思う

広島平和記念公園2





















 

(広島平和記念公園原爆戦没者慰霊碑)


広島平和記念資料館2






 

(広島平和記念公園の広島平和記念資料館)


原爆ドーム1




















 

(原爆ドーム)