■長崎県2・長崎2・「長崎平和公園」2(平和公園・爆心公園2)

 

□東京から航空機・博多からJR特急かもめ号を乗り継いで行った長崎平和公園・爆心公園2

 

長崎駅は、長崎県の県庁所在地・長崎市の中心駅であると同時に、長崎本線の終着駅にして、ホームには車止めが設置されている。つまりここで「終着・行き止まりの駅」ということ。こういうJR駅は、全国に稚内駅、根室駅、函館駅、青森駅、久里浜駅、城端駅、氷見駅、高松駅、門司港駅、枕崎駅、長崎駅…とけっこうあるが、県庁所在地・市の中心駅としては、長崎駅、高松駅、青森駅だけである。長崎駅の駅舎は、2000年に改装された新しい雰囲気のある駅舎で、今のもので4代目。長崎駅前でまず目につくのは、長崎電気軌道長崎駅前電停。電停とは路面電車の発着場所のことで、停留所と呼ばれるか、電停と呼ばれるかは地域によってちがう。東京では、かつて都電が頻繁に走っていた頃には「電車の停留所」と呼ばれた。現在は「都電の停留所」が一般的な呼び方になっている。逆に長崎では、○○電停と呼ぶのが普通な地域のようである。長崎市内の移動には、この長崎電気軌道の路面電車がとても便利。地下鉄よりも、路面電車のほうがとても利用しやすく、便利に感じました。「長崎電気軌道」というのは、長崎市内で路面電車を運行している会社。路面電車というと、他都市では「市電」と呼ばれていたりするが、市電というと、いかにも長崎市が経営しているかのように聞こえてしまうが、この「長崎電気軌道」は、公営企業でも長崎市経営でもなく、れっきとした株式会社であり、私企業である。現在、5路線4系統を営業しており、通称は電鉄、長崎電鉄。地元住民の間ではJRを「JR」、「列車」または「汽車」と呼び、路面電車を「電車」と呼んで区別している。しかも長らく運賃が100円で据え置かれていて、私が20081月に長崎市内に行って、この路面電車に乗ったときも運賃は100円だった。2009101日より25年ぶりに運賃を値上げし、1乗車120円としたという。その後、消費増税があったので、さらに運賃値上げになっているとは思いますが…。長崎市内の路面電車は、運賃は安いし、とても利用しやすいし、長崎市内の主要地点を移動するには、まことに便利な乗り物である。地下鉄やバスよりも、路面電車のほうがはるかに便利である。ちなみに長崎市の人口は約45万人くらいだが、石川県金沢市の人口が約40万人前後。金沢市にも、私の子どものころには、路面電車が元気に走っていたのだが、道路に車が増えてくるにつれて、どんどん路面電車が廃止になり、今では金沢市内に路面電車はひとつも残っていない。まことに残念なことである。それと比べたら、長崎市の路面電車の元気ぶりは、私にとっては驚きに見える。まあ、もっとも金沢市の場合は、第二次世界大戦の戦災が全くなかった都市なので、昔ながらの家や道路がそのまま残っていて、とても狭い道路が多い。だから車の増加によって、路面電車がたちどころに身動きがとれなくなってしまい、どんどん廃止されて行ってしまった。長崎市の場合は、戦災・復興によって広い道路が多くなり、そのために車が増えても、路面電車が身動きがとれなくなってしまうということがなかったということなのだろうか。私としては、長崎市内を元気に走り回っている路面電車に、エールを送りたい気持ちです。

 

 

□心が締めつけられる原爆投下の熱風で水を求めて亡くなった犠牲者の霊を慰めるための碑文

 

そして私は路面電車に乗って長崎平和公園と長崎原爆落下中心地公園(爆心公園)を訪れています。長崎市電の電停松山町で下車して、小高い丘に登っていくと、階段を上りきった先が平和公園になっている。ここは、旧長崎刑務所浦上刑務支所があったところらしく、ここにはわずかに遺壁だけが辛うじて残されている。そして平和公園の正面には、あの有名な平和のブロンズ像が建っている。毎年89日には、この像の前で、平和祈念式典が行われているという。

ここへ来たときも、原爆投下という一瞬の出来事で亡くなられた7万人以上の人たちの心を思うと、なんともいえない厳粛な気持ちになる。叉、階段を上りきったところに「平和の泉」と呼ばれる噴水施設がある。これは、原爆投下による熱風で水を求めて亡くなられた犠牲者の人たちの霊を慰めるためにつくられたのだという。そこには次のような碑文が書かれてある。

「のどが乾いてたまりませんでした。水にはあぶらのようなものが一面に浮いていました。どうしても水が欲しくて、とうとうあぶらの浮いたまま飲みました…」

原爆の悲惨さがストレートに伝わってきて、心が締めつけられるような思いになりました。

一旦、階段を降りきったとなりは、長崎原爆落下中心地公園(爆心公園)になっている。

ここには、黒の御影石でできた「原爆落下中心地碑」と、旧浦上天主堂の遺壁が残されている。

遺壁のそばには、多数の千羽鶴がありました。原爆投下当時のこの付近一帯は、地元有力者の庭とテニスコートだったという。ここは、広島平和祈念公園のようなモニュメントとは、少し趣がちがうが、それでも原爆投下の悲惨な足跡を永久に残すべく碑が建てられている。

また私が訪れたときも、長崎市民の人がここへ来て、深く頭を垂れていた姿が印象的でした。

長崎爆心地跡1


















 

(長崎原爆爆心地跡)

長崎爆心地跡2



















(長崎原爆爆心地跡)

長崎爆心地浦上天主堂遺構2


















 

(旧浦上天主堂の遺壁)

長崎爆心地浦上天主堂遺構1


















 

(旧浦上天主堂の遺壁)

長崎平和祈念像1


















 

(平和のブロンズ像)

長崎市電6



















 

(長崎市内・路面電車)

長崎市電3


































 

(長崎市内・路面電車)