■高野山金剛峯寺2(20145月の高野山旅紀行2)

 

20145月に高野山真言宗総本山・高野山金剛峯寺に行って参拝した時の旅紀行2

 

高野山参拝当日は、阪急十三駅から阪急電車に乗って阪急梅田駅へ。梅田駅からJR大阪駅をかすめて地下鉄梅田駅から地下鉄御堂筋線の電車に乗車。なんば駅で下車して南海電車なんば駅へ。なんば駅とは、南海なんば、近鉄なんば、地下鉄なんば等があるが、もともとは南海なんば駅が難波駅だった。南海電鉄がプロ野球・南海ホークスを持っていたころは、この近辺に大阪球場があったが、今はない。ちょうど野村克也氏が現役選手、現役兼監督だったころのことだ。そういえば、私が乗った阪急電車も、昔はプロ野球球団・阪急ブレーブスを持っていた。阪急ブレーブスや南海ホークスを知っている人は、今はもうだいぶ少なくなっているのではなかろうか。

南海なんば駅で、高野山行き「世界遺産きっぷフリー乗車券」を買う。これには南海電車往復乗車券、行きの特急券、バスフリーきっぷと割引券がついている、なかなか便利なきっぷで、3400円。これは便利です。私は過去に高野山金剛峯寺に行ったことがあるのだが、実は、南海電車に乗っていくのは、今回がはじめて。では、以前はどうやって高野山に行ったのかというと、自家用車で行っています。「終着駅で降りても、またバスを乗り継がなくてはいけないのかな」と思いつつ、南海なんば駅から、南海特急「こうや」号に乗る。ところがこの「こうや」号は、何とたったの4両編成。こんな短い編成の特急列車も、大変珍しい。乗車した日は土曜日ということもあり、特急「こうや」号は全席満席。列車の車内で「特急券は売り切れました。特急券をお持ちでないお客様は、ご乗車になれません」とのアナウンスが流れる。それにしても始発駅の南海なんば駅で、全席満席になってしまった特急「こうや」号。南海なんば駅から終着駅の極楽橋駅まで、停車駅がいくつもあるのだが、だれも乗降せず、ずっと満席のまま。「こんなに列車の中が混んで満席になっているのに、どうして4両編成なんだろうか。どうしてもっと車両を増結しないんだろうか」と、不思議に思って乗っていたところ、終点・高野山極楽橋駅に着いて、その理由がわかった。

南海高野線は、複線電化線なのだが、複線区間は途中の橋本駅まで。橋本~極楽橋は単線電化区間になる。それで高野下駅あたりから、高野線はものすごい山岳地帯に入り、線路は蛇行の連続。電車のスピードも著しくダウンする。切り立った山の中を、這うように走り、トンネルを出たり入ったりの連続。「こうや」号の終着駅・極楽橋駅は、高野山の切り立った山の中を切り開いて造成したかのような駅で、この駅のホームが辛うじて4両が限界。だから特急「こうや」号も4両編成だったというわけである。それにしても、車で高野山に登ったときは、それほど感じなかったが、こうして電車で高野山に登ると、何と高野山という所は、切り立った山岳地帯なんだろうかと思う。

現代人は電車・バス・車に乗って、やすやすと高野山に登るが、平安、鎌倉、室町、安土桃山の上古の時代は、徒歩が主な交通手段だった。平安時代に仏教を信仰していたのは、天皇、公家、貴族などの支配階級の人のみで、そういう人たちは、駕籠などに乗って高野山に登ったとは思うが、ほとんど徒歩しか交通手段がなかった平安時代に、こういう高野山に仏教大寺院を弘法大師空海がよく建立したものだと思う。大変な難工事だったのではないかと偲ばれる。

 

 

□早朝通勤ラッシュの小田急線のように呼吸困難の超すし詰め状態だった高野山ケーブルカー

 

終着駅の極楽橋駅で特急「こうや」号を下車。5分待ち合わせで、高野山ケーブルカーに乗り換える。ところが特急「こうや」号が満席になるほど乗っていた乗客が、大挙して一気にケーブルカーに押し寄せて乗車。4両の特急列車が満席だったわけだから、その特急に乗っていた乗客全員が、たった1両のみのケーブルカーに乗れるはずがない。その1両のケーブルカーは、早朝通勤ラッシュの時間帯の小田急線の電車のように超満員、ほとんど呼吸困難になるくらいに超すし詰め状態になってしまった。私は辛うじてケーブルカーに潜り込むように乗ったのだったが、当然、乗れなかった乗客もたくさんいた。ケーブルカーは、極楽橋駅と高野山駅をひっきりなしに往復しているので、乗れなかった乗客は、次のケーブルカーに乗ったのではないかと思うのだが…。

下記に高野山ケーブルカーに乗ったときの写真を載せているが、行きのケーブルカーは呼吸困難になるくらいに超すし詰め状態だったので、写真撮影は出来ず終い。これは、帰りの下山の時にケーブルカーに乗ったときに撮影した写真で、ケーブルカーが下っているのが、おわかりいただけるのではないかと思う。ケーブルカーで極楽橋駅から高野山駅まで約5分。しかしものすごい急勾配の登り坂をケーブルカーが登っていく。呼吸困難になるくらいに超すし詰め状態のケーブルカーを支えているのは、太い鋼鉄のロープだけ。「いくら鋼鉄のロープとは言っても、何かのはずみでロープがプツンと切れたら、お終いだな」と、何となく不安な気持ちにもなった。さて高野山駅前からは、今度は高野山エリアに走る南海りんかんバスに乗らなくてはならない。ここから高野山エリアに走るバスは、全て南海りんかんバスのみ。しかも高野山駅から高野山金剛峯寺エリア入り口の女人堂の手前までは、南海りんかんバス専用道路で、人も車も通行禁止。ここは南海りんかんバスの私道ということなんだろうか。

高野山は開創から明治5(1872)まで女人禁制であったため、女性は女人堂よりも中に入ることができず、女人道を通って弘法大師御廟へと参拝した。かつては高野山に入る七つの入り口のそれぞれに女人堂が建っていたが、今は不動坂にある女人堂のみが残っている。

この女人堂の先に「高野山」「金剛峯寺」と書かれた巨大石碑のような門が建つ。ここからが広大な高野山金剛峯寺エリアに入る。

裏門1
















 

(「高野山」「金剛峯寺」と書かれた巨大石碑のような門)


女人堂2

















女人堂1
















 

(女人堂)


女人道1
















 

(女人道)


ケーブルカー1
















ケーブルカー2
















 

(ケーブルカー)


こうや2
















 

(南海なんば駅の特急こうや号)


こうや3
















 

(極楽橋駅の特急こうや号)


南海なんば駅2
















南海なんば駅1
















 

(南海なんば駅)