■日蓮宗本山・伊豆実成寺2(黒門の意味を書いた看板)
伊豆実成寺という寺院は、富士門流八本山の一つでありながら、ものすごく史料が少ないところで、日蓮正宗大石寺59世法主堀日亨編纂の「富士宗学要集」等々を紐解いても、大石寺、妙蓮寺、北山本門寺、西山本門寺、小泉久遠寺、保田妙本寺、京都要法寺とのつながりがほとんど出てこず、実態がほとんど見えない寺です。
同じ日尊開山というのに、日尊門流、京都・要法寺とのつながりも出てこないというのも不思議な話です。これは歴史的なものだけではなく、今の実成寺にしたところで、ほとんどかわりません。
日蓮宗の寺院には、ホームページを開設している寺院がありますが、実成寺は日蓮宗本山という格付けであるにも関わらず、ホームページもなく、資料らしい資料がほとんど出てきません。
まさに、行ってみないとわからないという感じです。
私は、ここへは車で行きました。伊豆箱根鉄道・修善寺駅前から車で約10分ぐらいの所だったと思います。T字路の角の崖の下のような所に実成寺がありました。
周囲に民家もありましたが、そんなに密集している所ではありません。T字路の角に実成寺の駐車場がありました。
実成寺の表門は、大きな黒門になっていました。
入り口が黒門になっているのは、大石寺、西山本門寺、小泉久遠寺と共通しています。
黒門の前に、黒門の意味を書いた伊豆市教育委員会の看板が立っていて、それにはこんなことが書いてありました。
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(実成寺の黒門と塁址)
当寺は東光山と称し、本門宗七本山の一つ、興門派の本山で正安三年(1301)、日尊上人の開創による名刹である。
黒門は「緇門」(しもん)と同じで、僧侶、または僧侶の一門ということで、この門から寺域に入る、という意味である。
当寺域は、古くはこの地方の豪族、大見小藤太成家の居館跡で、正面石畳と石垣の一部は鎌倉時代初期の武家屋敷のおもかげを残していると伝えられる。また南側、城山といわれる一帯は、その城砦跡である。
現在、袖曲輪、本郭と諏訪神社との中間に、帯郭、あるいは壕らしきものが認められ、本丸下に五段の塁が残っている。
伊豆市教育委員会
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黒門の意味など、ネットで調べても、どこにも出てきません。
それなのに、ここの黒門前に、わざわざ伊豆市教育委員会の建てた看板に、ストレートに黒門の意味が書いてあったので驚きました。
まがりなりにも教育委員会の見解ですから、間違いないでしょう。
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