■日蓮宗本山・伊豆実成寺4(文永本尊模刻の板漫荼羅)

 

その祖師堂と客殿は渡り廊下で繋がっており、祖師堂と客殿の間に日蓮の銅像が建っています。

伊豆実成寺8日蓮像



この日蓮の銅像は、池上本門寺、北山本門寺、鎌倉の日蓮宗寺院に建っている日蓮の銅像よりも、一回り小さいサイズのように見えました。

祖師堂の隣に立っている客殿は、日蓮宗新聞社が刊行している「日蓮宗本山めぐり」という本の中では、客殿の名前ではなく、「本堂」として紹介されています。

客殿を実質的な本堂として使っている、ということのようです。客殿を本堂代わりに使っているのは、日蓮正宗大石寺、妙蓮寺、西山本門寺、小泉久遠寺と共通しています。これは富士門流の慣習として、今日まで残っているようです。

伊豆実成寺7客殿


 

さて客殿(本堂)の中を見てみようとしたのですが、ここも祖師堂と同様に内側からカギがかかっていて開きません。ところがこの入り口の戸の一部がガラス窓になっていて、そこから中の様子が見えました。

中は灯りが消えているので、まことに薄暗くなっていましたが、須弥壇の本尊のまわりは、灯りがついたままになっているのか、明るくなっていました。

伊豆実成寺6客殿



客殿(本堂)の須弥壇に祀られていたのは、黒漆に金文字の板漫荼羅本尊でした。その前に日蓮の木像があったかどうかまでは、はっきり見えませんでした。なかったような気がしたのですが…。

その板漫荼羅の相は、日蓮の文字と花押が左右に大きく離れている文永年間の漫荼羅であることが、見えました。特に板本尊に向かって左下にある花押の金文字が目立って見えました。

私がガラス窓越しに見た感じとしては、文永十一年の万年救護の大本尊の相によく似ているような気がしましたが、確定的なことは言えません。

日蓮真筆本尊では、保田妙本寺の万年救護の大本尊が有名ですが、真偽未決本尊を含めれば、これとよく似た本尊としては、京都要法寺の称徳符法の本尊があり、さらにこの伊豆実成寺にも、立正安国会の御本尊集に載っていない日蓮図顕の漫荼羅と伝承される本尊が格蔵されているということですから、これだけで客殿(本堂)の本尊を断定できません。

 

そこで私はデジタルカメラで、ガラス窓から、須弥壇の板漫荼羅本尊を撮影しようとしたのですが、露光不足で撮影できませんでした。

この日は、外は雲一つない快晴で、太陽の日差しがものすごく強い日で、方や客殿(本堂)の中は、灯りが消えていて薄暗く、どうにもうまく撮れませんでした。デジタルカメラでも無理でした。

逆に、外が暗くて、客殿(本堂)の中が明るかったら撮れたのではないかと思うのですが。

 

客殿(本堂)の内陣にある導師席は、正面の板漫荼羅本尊に向かい合って設定されていました。

大石寺の客殿のように横向きにはなっていません。

内陣・外陣の区別も、ふつうにあったように思いました。(中は薄暗かったですが)

 

伊豆実成寺の客殿(本堂)は、ネット情報によると、1844(弘化元年)に再建されたとなっており、日蓮正宗が出している「富士年表」にも、1844(弘化元年)の項目に

「○伊豆実成寺 客殿再建」

と書いてあります。

しかし、このあとの日記に出てくる伊豆実成寺の旧檀家の老人の話では、客殿は、昭和5(1930)の地震で倒壊し、翌昭和6年に再建した建物だと言っていました。

 

ちなみにこの旧檀家の老人は、客殿(本堂)のことを、本堂とは呼ばずに客殿と呼んでいました。