■伊勢神宮1(伊勢神宮外宮参拝会1)

 

□皇室の祖先・天照大御神と三種の神器・八咫鏡(やたのかがみ)を祭神とする伊勢神宮

 

名古屋の覚王山日泰寺の参拝終了後、再び車に乗って名古屋高速道路に入り、そのまま東名阪自動車道、伊勢自動車道を走り抜けて伊勢市に入り、伊勢神宮外宮に行く。途中、空腹に耐えられなくなり、途中のサービスエリアで松阪牛の牛丼を食べる。これがなかなかボリュームがあって、美味しかった。伊勢神宮は、今まで何度か来ているのだが、日記もメモも写真も残っていない。

そこで僅かな記憶を辿っていくと、1988年、元妻と同棲生活をしていたころ、二人で伊勢神宮参拝に来ている。この時は、東京から東海道新幹線で名古屋に行き、名古屋から近鉄特急で伊勢に行っている。そして1993年に車で全国旅行をした時、伊勢神宮に参拝している。だから伊勢神宮は、頭の中の片隅に記憶に残っている。2017年の参拝会が1993年以来だと、何と24年ぶりの参拝ということになる。ほぼ四半世紀も間が開いてしまいましたね。

伊勢神宮には、「太陽」を神格化した天照坐皇大御神(天照大御神)を祀る皇大神宮と、衣食住の守り神である豊受大御神を祀る豊受大神宮の二つの正宮があり、一般に皇大神宮は内宮、豊受大神宮は外宮と呼ばれる。内宮と外宮は離れているため、観光で内宮のみ参拝の人が多いが、まず外宮を参拝してから内宮に参拝するのが正しいとされている。というわけで、車をまず外宮に向けた。

伊勢神宮の起源とは、こうなっている。天孫・邇邇芸命(ににぎのみこと)が降臨した天孫降臨の際、天照大御神は三種の神器を授け、その一つ八咫鏡に「吾が児、此の宝鏡を視まさむこと、当に吾を視るがごとくすべし。(『日本書紀』)」として天照大御神自身の神霊を込めたとされる。この鏡は神武天皇に伝えられ、以後、代々の天皇の側に置かれ、天皇自らが観察していた。八咫鏡は第10代崇神天皇の治世に大和笠縫邑に移され、皇女豊鍬入姫がこれを祀ることとされた。

崇神天皇5年、疫病が流行り、多くの人民が死に絶えた。崇神天皇6年、疫病を鎮めるべく、従来宮中に祀られていた天照大御神と倭大国魂神(大和大国魂神やまとのおおくにたまのかみ)を皇居の外に移した。 天照大神を豊鍬入姫命に託し、笠縫邑に祀らせ、その後、各地を移動。垂仁天皇25年に現在の伊勢神宮内宮に御鎮座した。

江戸時代にはお蔭参り(お伊勢参り)が流行した。庶民には親しみを込めて「お伊勢さん」と呼ばれ、多くの民衆が全国から参拝した。

在位中の天皇がはじめて参拝したのは、1869(明治2)年の明治天皇の御親拝が最初。天皇御親拝が明治になってから行われたというのも、意外な歴史である。内閣総理大臣がはじめて参拝したのは、1967(昭和42)年の佐藤栄作首相が最初。これ以来、毎年正月のはじめに内閣総理大臣が伊勢神宮に参拝するのが慣例になっている。

 

外宮21















 

(外宮案内板)

 

外宮14















 

(外宮鳥居)

 

 

 

2013年の式年遷宮から4年しか経っておらず建物の木がまだ真新しかった外宮正宮

 

外宮のすぐそばの駐車場に空きを見つけて駐車。延々と外宮の三堂を歩きながら、外宮正宮へ。伊勢神宮では、2013年に第62回式年遷宮があり、正宮がまだ真新しさが残っている。原則として20年ごとに、内宮(皇大神宮)・外宮(豊受大神宮)の二つの正宮の正殿、14の別宮の全ての社殿を造り替えて神座を遷す。神宮司庁によると、2013年(平成25年)までの各行事を含む第62回式年遷宮全体の費用は、建築、衣服、宝物の製作を含め約550億円と公表。このうち、330億円が伊勢神宮の自己資金で、220億円が寄付で賄われたとしている。

式年遷宮が行われた2013年には内宮・外宮合わせて14,204,816人(前年比176.9%)が来訪した。この参拝者が100円のお賽銭を入れていったとすると142000万円の収入。普段の年は803万人の参詣だから、この参拝者が100円のお賽銭を入れると8億円。19年で152億円になる。しかし20年毎に式年遷宮をして、550億円もの出費がかさむとなると、これだけ大勢の参拝人が切る伊勢神宮といえども、これは大変な負担になると思われる。

それにしても境内がものすごく広いのには、改めて驚かされる。外宮正宮は、2013年の式年遷宮から4年しか経っておらず、建物そのものの木がまだ真新しい。外宮正宮参拝の後は、せんぐう館を見学。外宮参拝の後は、内宮へ移動した。

 

外宮10正宮3















外宮11正宮4















外宮12正宮5















外宮19















 

(外宮正宮)

 

外宮17















 

(せんぐう館)

 

せんぐう館2



















 

(せんぐう館の資料)