■鎌倉大仏高徳院2(鎌倉大仏胎内)

 

□中が空洞になっていて参拝者が自由に中に入って見学できる鎌倉大仏

 

鎌倉大仏へは、江ノ電・長谷駅から徒歩にて参拝。長谷駅から鎌倉大仏へ行く途中に、収玄寺や光則寺もある。ここ鎌倉は、仏教寺院や遺跡・古跡が林立している所で。参拝客が実に多い所。参道脇には、参拝客狙いの飲食店、みあげもの店などの店舗も建ち並んでいる。参拝会の当日は、外国人アベック、女性の参拝客が多かった。鎌倉大仏の拝観料は、当時、200円であった。

鎌倉大仏の境内は、実に清掃・手入れが隅々に至るまで行き届いていて、完璧な整備が為されている。雑草のひとつも生えていないくらい、すさまじいばかりの人工的な景観である。

大仏の周囲も、きれいに整備されていて、境内は完璧な人工的庭園のような印象をもった。トイレや売店も、まことにきれいに整備されている。

境内を見学していると、与謝野晶子の歌碑を見つけた。

「かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におはす 夏木立かな」

鎌倉大仏3歌碑














































 

なかなかの名歌であるが、鎌倉大仏は釈迦牟尼仏ではなく、阿弥陀如来像である。

鎌倉大仏には、もうひとつの見どころがある。鎌倉大仏の胎内に入って、中を見学できるのである。つまり大仏の中は、空洞になっている。中に入ると、どうやって中が空洞になっている鎌倉大仏を造像したのか、という技術についての説明板があった。

 

鎌倉大仏10胎内















鎌倉大仏12胎内
















鎌倉大仏9胎内

















 

これだけの高度な技術を擁する鎌倉大仏が、一般の勧進だけで造営されたとは、思えない。どう考えても、何らかの形で鎌倉幕府が関与しているのではないかと思う。金銅大仏を造営するという点においても、鎌倉時代の当時において、一般の僧侶だけの力では無理で、金銅にしたところで、幕府の政治力で調達したとしか、考えられないと思うが、どうだろうか。

 

鎌倉大仏1