□古来から「平将門の怨霊伝説」で有名な東京・大手町ビジネス街の中にある平将門首塚

 

2011322日、仏教宗学研究会で東京・大手町の平将門首塚の参拝会を行いました。

平将門の首塚とは、平将門の首を祀っている塚。東京都指定の旧跡になっている。

史伝・伝承によれば、平将門の首級は平安京まで送られ東の市、都大路で晒されたが、3日目に夜空に舞い上がり故郷に向かって飛んでゆき、数カ所に落ちたとされる。伝承地は数か所あり、いずれも平将門の首塚とされている。その中でも最も著名なのが、東京都千代田区大手町一丁目21号外三井物産本社ビル傍にある首塚である。まさにここは、皇居大手門のすぐ前。大企業の本社や巨大ホテルが建ち並ぶ、日本の代表的ビジネス街である「大手町」の一角である。

管理人は、仕事でけっこう大手町に行く機会が多く、平将門首塚の前をよく通っていた。この平将門首塚には、普段から大手町のビジネスマンたちが参拝している姿をよく見かけていた。

そこで改めて「参拝会」を企画して、参拝したという次第。

この平将門首塚にまつわるもので有名なものは、平将門の「怨霊」伝説である。

平将門首塚周辺の住民は、古来から長らく将門の怨霊に苦しめられてきたという。諸国を遊行回国中であった遊行二祖他阿真教が徳治2年(1307年)、将門に「蓮阿弥陀仏」の法名を贈って首塚の上に自らが揮毫した板碑を建立し、かたわらの天台宗寺院日輪寺を時宗芝崎道場に改宗した。日輪寺は、将門の「体」が訛って「神田」になったという神田明神の別当として将門信仰を伝えてきた。その後江戸時代になって日輪寺は浅草に移転させられるが、今なお神田明神とともに首塚を護持している。時宗における怨霊済度の好例である。

(フリー百科事典・Wikipediaより)

平将門首塚にまつわる怨霊伝説で、最も有名なものが、関東大震災後の跡地に都市再開発として大蔵省の仮庁舎を建てようとした際、工事関係者や省職員、時の大臣・早速整爾の相次ぐ不審死が起こったことで、平将門の祟りが省内で噂されることとなり、大蔵省内の動揺を抑えるため仮庁舎を取り壊した事件。さらに、第二次世界大戦後にGHQが丸の内周辺の区画整理にとって障害となるこの平将門首塚の地を撤去し造成しようとした時、不審な事故が相次いだため、計画を取り止めたという事件がある。

(フリー百科事典・Wikipediaより)

 

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(平将門首塚)

 

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将門首塚11















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(平将門首塚・説明板)

 

 

 

 

□流罪・誅殺・突然死等「不慮の死」を遂げた天照大神の子孫の皇統以外の血統で天皇になろうとした人物

 

平将門とは「平将門の乱」の首謀者で、平氏一族の抗争から、関東諸国を巻き込む争いへと進み、その際に国府を襲撃して印鑰を奪い、京都の朝廷 朱雀天皇に対抗して「新皇」を自称し、東国の独立を標榜したことによって、遂には朝敵となる。しかし即位後わずか2か月たらずで藤原秀郷、平貞盛らにより討伐された。日本建国以来、天照大神の子孫として、天皇の地位に君臨する今の皇統・皇室の血統に対抗して、別の天皇である「新皇」になろうとしたことで有名である。

新皇(しんのう)とは、天慶2年(939年)12月に平将門が「新しい天皇」の意で自称した称号である。新皇は、平将門の叛乱を正統化して、平将門の東国支配の権威付けを意図としたもので、朝廷を討って全国支配を考えたものではなく「分国の王」程度のつもりであったと思われる。

歴史的に、天照大神の子孫と称される皇統以外の血統で、天皇になろうとした人物として、道鏡、平将門、足利義満、織田信長の四人が挙げられている。この中で、平将門は桓武天皇から数えて五代の孫に当たり、新皇が朝廷そのものを打倒しようとしたのではなく、「分国王」のつもりだったとしたら、先の四人の中から平将門は外されることになろう。

しかし平将門を中に入れたとしても、道鏡は失脚、流罪。平将門は平将門の乱により誅殺、足利義満は、野望成就の前に突然死。(暗殺説もあり)。織田信長は、本能寺の変で誅殺された。

現皇室が、1600年以上の長きにわたって皇位を継承しつづけていることを語る上で、この四人が不慮の死を遂げたことは、重大なポイントということになろう。

 

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(平将門首塚)