■鎌倉霊光寺1(日蓮「雨乞いの祈雨」の霊跡1)

 

□日蓮vs忍性の「雨乞い対決」の日蓮「雨乞いの祈雨」の霊跡を名乗る日蓮宗・霊光寺

 

鎌倉霊光寺とは、日蓮雨乞い祈雨の霊跡の寺院ということになっている日蓮宗寺院。正式には龍王山霊光寺という。ここも、2011128日の仏教宗学研究会で行った「鎌倉参拝会」の時、参拝しています。日蓮雨乞い祈雨というのは、極楽寺忍性(良観)と日蓮が雨乞い対決をしたとき、日蓮の祈雨で、鎌倉に雨が降ったという伝説である。

そもそもこの日蓮雨乞い祈雨の伝説であるが、極楽寺忍性(良観)の祈雨で、雨が降らなかったというのは史実のようなのだが、その後、日蓮の雨乞い祈雨をしたとたんに、鎌倉の空に雨雲がもくもくとたちこめ、鎌倉に雨が降ったというのは、史実としての証拠がない話しである。もちろん、日蓮を宗祖とする宗派の伝説では、そうなつているのかもしれないが、日蓮自身は、「種々御振る舞い御書」の中で、地震の雨乞い祈雨で雨が降ったとは一言も書いていない。

史実として明らかになっているのは、1271(文永8)夏、鎌倉で干ばつが起こり、幕府の命令で極楽寺良寛(忍性)が祈雨の祈祷を行った。十一通御書がことごとく黙殺され、策に窮した日蓮は極楽寺良寛(忍性)に、

「雨が降ったら貴殿の弟子になる。降らなかったら我が弟子になれ」と書き送るという賭けに出た。幕府に自説を何としてでも認めさせようとする、なりふり構わぬパフォーマンスだったわけだが、常日頃から日蓮のことを苦々しく思っていた忍性は、この日蓮の挑発に乗ってしまい、結果は1ヶ月雨乞いの祈祷をしても、一滴の雨も降らなかったという、さんざんな結果に終わった。これに日蓮は勝ち誇り、「雨を降らせることもできぬくせに成仏を語るな。我が弟子になれば祈雨の法と成仏の道を教えてやる」と罵詈雑言を忍性に浴びせた。これが史実である。

したがって日蓮雨乞いの祈雨が史実でないならば、「日蓮雨乞いの霊跡」が存在するはずがない。よって日蓮雨乞いの祈雨の霊跡を名乗る日蓮宗・霊光寺に行ってみて、ここに鎌倉市教育委員会が、霊光寺を日蓮雨乞い祈雨の霊跡と認める立て看板を立てていれば、これは史実だということになりますが、仏教宗学研究会としては、学術的な証拠が見あたらなけば、史実と認めるわけにはいかない。だから、霊光寺に鎌倉市教育委員会の立て看板があるかどうか。立て看板に、何と書いてあるのか、まことに関心がありました。

そこで寺跡調査を兼ねた霊光寺「参拝会」を行ったという次第。ところが、この霊光寺というお寺、実にわかりにくい所にありました。江ノ電・七里ヶ浜駅が最寄り駅ということなので、七里ヶ浜駅から徒歩で行ったのですが、標識も案内板も全くなし。仕方がないので、JTBハンドブックを頼りに歩いて行ったのですが、途中でルートがわからなくなってしまった。すると何と、百年以上昔に建てられたと思われる石碑の道しるべを見つけた。

 

霊光寺12













































 

(霊光寺への道標)

 

 

 

 

□日蓮「雨乞いの祈雨」で鎌倉に雨が降ったという伝説は史実として認められない怪しい伝説

 

今度はそれを頼りに歩いて行ったのでしたが、どうも霊光寺というお寺は、山のてっぺんにあるらしく、昔の道しるべや地図だけでは、どうにもたどり着くことができない。歩いても歩いても、霊光寺にたどり着けないのである。そこでJTBハンドブックに載っていた霊光寺の電話番号に、携帯電話で電話をかけた。すると電話口に住職らしき人が出てきて、霊光寺までの道順を実に丁寧に教えてくれた。「なかなか親切な方だな」と思いつつ、誘導どおりに歩いて行くと、なんとか霊光寺の門前にたどり着くことが出来た。

しかし霊光寺の境内を見渡してみると、大きな表門が建ち、その奥に庫裡が建ってはいるものの、本堂がどこにあるのか、見あたりません。境内の中は、広い空き地のようになっていて、「あれれ」という感じ。

さて表門前等に「日蓮雨乞い祈雨霊跡」を示す石塔や石碑が建てられているが、これらは日蓮宗が建てたもの、「鎌倉友青会」が建てた石碑であって、鎌倉市教育委員会が建てたものではない。

 

霊光寺9
















霊光寺8















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(霊光寺門前・雨乞い祈雨の霊跡の石塔)

鎌倉市教育委員会の立て看板は、どこにも見あたらない。もし本当に、学術的に霊光寺が日蓮の雨乞い祈雨の霊跡として認められていれば、鎌倉市教育委員会の立て看板があるはずだが、これがどこにもないのである。

日蓮と忍性の「雨乞い祈雨」の対決は、映画「日蓮」でも出てくるくらい有名な伝説である。映画「日蓮」の中では、日蓮が祈雨の読経をはじめた途端に、雨雲がもくもくとたちこめ、大雨が降り始め、鎌倉の人たちが大喜びするという、かなりフィクション的なシーンがある。

しかし、肝心の鎌倉市教育委員会の立て看板がない。ということは、やはり日蓮「雨乞いの祈雨」の伝説は、怪しい伝説だと言えるのではないだろうか。

 

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(「鎌倉友青会」が建てた石碑)