■鎌倉霊光寺2(荒れ果てた境内1)

 

□イタリアの「ピサの斜塔」のように寺院本堂、門、階段が傾いたままになっている鎌倉・霊光寺

 

霊光寺に着いたが、本堂がどこにあるのか見あたらない。境内を探してみると、どうやら山のてっぺん付近にあるようなので、山のてっぺんにつながっている階段へ。ところが、この階段から本堂周辺付近は、完全に荒れ果ててしまっており、階段も斜めに傾いてしまっている。「この階段、登っても大丈夫だろうか」と思いつつ、傾いた階段を登って行く。山のてっぺん付近に登ってみると、確かに本堂はあるが、何と本堂も、本堂前の門も傾いてしまっている。なんでここの寺は、こんなになってしまっているのか。

 

霊光寺1
















(斜めに傾いている霊光寺の階段)

地震でこうなってしまったのか(?)。しかし、仏教宗学研究会で、鎌倉市内の寺院をいろいろ訪ね歩いているが、本堂、門、階段が傾いたままになっている寺院は、前代未聞である。他に類例はない。霊光寺参拝会は、東日本大震災の前であり、東日本大震災の前に寺院本堂、門、階段が傾いてしまうような大地震が関東地方にあったとは、全く聞いたことがない。すると、霊光寺だけを襲った大地震があったとでも言うのだろうか。そんなはずはない。なぜ霊光寺の本堂、門、階段が傾いたまんまになっているのか、原因ははっきりとわからないが、これだけ傾いた姿を見せつけられると、「これじゃ、崩れ落ちたりしないのだろうか」と心配になりますねえ。

さて傾いた階段を登って行くと、山のてっぺん付近には、日蓮の銅像が建っており、この日蓮立像はなかなか立派な立像で、雄々しくそびえ立っているように見える。これが檀家の篤志による建立であることを示す碑文も刻まれている。

 

霊光寺5日蓮像













































 

(霊光寺の日蓮銅像)

しかし本堂や日蓮立像がある付近も、完全に荒れ果てており、整備されている形跡が全く見られない。こんな立派な日蓮立像を建立しているのに、この荒れ果てた境内は、どうなっているんだろうか。さらに気になるのは、傾いている本堂である。なぜ本堂が傾いているのか。イタリアの世界遺産に、建物が傾いたままになっている、あの有名な「ピサの斜塔」がある。「ピサの斜塔」のように、傾いた建物にしておこうということなのだろうか。

 

霊光寺4















 

(傾いた門・本堂)

 

ピサの斜塔1




























 

(イタリアの世界遺産・ピサの斜塔)

その傾いた本堂だが、「中はどうなっているんだろうか」と思い、本堂の中に入ろうとしたところ、何とカギがかかっていて中に入れない。ガラス戸から中を見ると、本堂の中は実に狭く、住職一人が座れるくらいのスペースしかありません。何と信者が座る外陣がない。これは、どういうことでしょうか。これじゃあ、信者が参詣しても、座る場所がない。

ということは、この霊光寺は、法要があっても信者がほとんど参詣しないか、ないしは、年中行事や法要がほとんど行われていないか、いずれかではないかと思われる。

 

霊光寺3















 

(本堂入り口)

 

 

 

 

□雄々しく立つ日蓮立像があるのに西山本門寺以上に境内が荒れ果ててしまっている鎌倉霊光寺

 

それにしても、ここまで境内が荒れ果ててしまっている寺院も、珍しいのではないだろうか。以前に、仏教宗学研究会で参拝会を行った西山本門寺も、境内が荒れ果てて染ましたが、霊光寺は西山本門寺以上に荒れ果てていますね。霊光寺の場合は、境内の清掃も草刈りも整備も全く行われていないという感じで、本堂や日蓮立像がある山の下にある、だだっ広い空き地が虚しく見えましたね。こんな感じの寺院だから、住職にこの寺のことを聞いてみようという気持ちが起こりませんでした。まことに残念です。

実際に霊光寺に来てみて、境内は荒れ果てていましたが、鎌倉市教育委員会の立て看板がないことがわかっただけでも成果です。そもそも仏教宗学研究会としては、日蓮「雨乞いの祈雨」伝説そのものに疑問を持っており、霊光寺に鎌倉市教育委員会の立て看板がないということは、学術的に、日蓮の雨乞い祈雨の史跡として認められていないということである。

かくして結果が出たところで、傾いた階段を降りて、霊光寺を後にしました。

 

霊光寺6















 

(傾いた階段)