■鎌倉浄光明寺1(四宗兼学1)

 

□境内の一角にある稲荷神社の祭礼を行っていた四宗兼学の寺院・真言宗泉涌寺派浄光明寺

 

鎌倉浄光明寺とは、真言宗泉涌寺派の寺院になっているが、開山の真阿は浄土宗系の僧侶である。創建当初から兼学(複数の宗派が併存)の寺院であり、三世高恵から四宗兼学になって、近世に至っている。四宗とは、必ずしも四つの宗派ということに限らず、浄土・真言・禅・天台大師・律の各宗派を含むとされている。しかし浄光明寺の門前にある鎌倉市教育委員会の立て看板には、四宗兼学については、一言も触れていない。

正式名は泉谷山(せんこくざん)浄光明寺といい、本尊は阿弥陀三尊。ここは、2011213日の仏教宗学研究会で行った「鎌倉参拝会」の時、参拝しています。

日蓮との関連で言うと、ここは日蓮「十一通御書」の宛先の一つである。日蓮の十一通御書のひとつ、「浄光明寺への御状」を見ると「早く二百五十戒を抛ちて日蓮に帰して成仏を期すべし」「法華の大王戒に対して小乗の蚊虻戒、豈相対に及ばんや」と書いてあるので、日蓮在世当時は律宗だった可能性がある。

寺伝によれば、建長3年(1251年)頃、第5代執権北条時頼、第6代執権北条長時が開基となって創建したものと伝承されている。

浄光明寺は中世を通じ、足利氏および鎌倉公方の帰依を受けている。天正19年(1591年)には徳川家康より4800文が与えられている。往時は10近い子院があったが、江戸時代に入ると伽藍は荒廃、本堂さえ失われる状態であったという。寛文8年(1668年)、僧侶の勧進、鶴岡八幡宮寺相承院元喬僧都の援助などを得て仏殿を再興、法灯は保たれた。

さて寺院の山門をくぐって中に入っていくと、ちょうど本堂に向かって右手にある山肌の稲荷神社で、僧侶の読経による法要がはじまった様子。境内で写真撮影したり、見学をしていると、男性係員が声をかけて来て「お詣りですか」「今、ちょうどお稲荷さんが始まったので、お詣りしていって下さい」と言う。

「それでは」と思い、山肌の険しい山道を登って稲荷神社の法要に行ってみました。狭い山道を登って稲荷神社の法要へ。狭い稲荷神社にたくさんの参詣人が集まっていた。

さて稲荷神社から再び境内に降りてくると、境内の一角で参詣人をもてなす為に、係員が日本酒や、焼き鳥を用意し「どうぞ、食べていって下さい」と言っている。参詣人の人たちは、「いいんで゜すかあ」「ありがとうございます」と、少々とまどっている様子。係員の話では、「今日はお稲荷さんの祭礼の日」とのこと。たまたま祭礼の日に行ったからかもしれませんが、ずいぶん参詣者に対して好意的な寺院に見えた。

浄光明寺12















浄光明寺11













































 

浄光明寺10















 

 

(鎌倉浄光明寺)

 

浄光明寺13















 

(鎌倉市教育委員会の立て看板)

 

浄光明寺2














































浄光明寺7稲荷例祭















 

(稲荷神社の祭礼)