■東京金龍山浅草寺1(3000万参詣・秘仏1)

 

□年間で約3000万人もの参詣人が訪れ普段の平日でも本堂前に参拝の行列が出来る東京浅草・浅草寺

 

浅草寺(せんそうじ)とは、東京都台東区浅草の浅草駅前にある東京都内で最古の寺院。正式名は金龍山浅草寺といい、本尊は聖観音菩薩。「浅草観音」とか「浅草の観音様」という名で、一般庶民に親しまれている。浅草寺のシンボルは、「雷門」と書かれた巨大な赤いちょうちん。

一般的に東京都民が浅草寺に参拝に来るのは、正月の初詣のほか、517-18日頃に行われる「三社祭」。79-10日の「ほおずき市」、9月中旬の「浅草灯籠祭」、1212-13日の御宮殿煤払い・開扉法要、1217-19日の「歳の市」といった祭礼が多いのではないだろうか。ここは普段の平日でも参詣者が多い寺院で、年間で何と3000万人もの人が参詣に訪れているとの統計がある。仏教宗学研究会では、201193日に参拝会を行っている。

浅草寺は、地下鉄銀座線、浅草線、東武線が乗り入れる浅草駅のすぐ近くにあり、交通の便が実にいい所にある。埼玉、群馬、栃木方面からは浅草に行く特急電車も走っている。

それにしても年間で3000万人の参詣とは特筆者である。

浅草寺は、初詣のメッカでもあり、統計によれば、初詣の参詣者は約280-300万人とされる。三社祭の参詣が300万人、ほおずき市の参詣が300万人とすると、その他の日は1日平均57000人の参詣人が来ていることになる。57000人というと、あの甲子園球場が超満員になるくらいの人数である。

それにしても3000万人もの年間参詣があるというのは、大変な数である。1951-1991まで行われていた創価学会の大石寺団体登山会でも40年で4000万人が参詣していたと言っていたが、浅草寺の場合は、40年どころか、たった2年もしないうちに、軽く4000万人参詣をクリアしてしまうことになる。しかも両者の参詣の内容が全く違う。

大石寺登山会の場合は、信徒団体が信徒に対して「大石寺に登山しなければ成仏できない」「信心が本物にならない」等々、さまざまな脅し文句を言って、半ば無理に信徒を登山させたものだが、浅草寺の参詣は全くそういうものではない。人々が自発的に参詣した結果の数字である。

つまり浅草寺の年間参詣者3000万人という数字は、浅草寺の信仰が広く一般大衆に定着して、根を下ろしているところから出たものであること。人為的に、無理やり造り上げた数字ではない。

浅草寺に参詣すると、本堂前賽銭箱からずらりと行列になっていることが、よくある。仏教宗学研究会で参拝会を行った時も、そうであった。これは特に浅草寺で行事や法要がない日、浅草寺周辺で大きな行事が行われていない日、普段の平日でも、賽銭箱からの行列ができている。

参詣人を見ると、中高年の人が多いのは目につくが、中高年の人だけではなく、たくさんの若い人が参詣に来ている。それも20代から30代の若い人が、たくさん参詣に来ている。

 

浅草寺2雷門















浅草寺3雷門














































 

(浅草寺雷門)

 

浅草寺9
















 

(浅草寺本堂前の行列)

 

 

 

□創建時の本尊・聖観音菩薩像は絶対秘仏で毎年1213日に前立のご開帳が行われる東京・浅草寺

 

ではなぜ人は、浅草寺に参詣するのか。浅草寺は、少なくとも江戸時代から庶民に定着しており、江戸庶民は浅草寺に参詣して当たり前、という文化が根づいている。歴史的に、江戸時代から庶民信仰が定着しているのが、一番大きな理由だろうか。

2番目に、浅草寺の場合は、絶対秘仏の観音菩薩が人気がある。毎年1213日に、秘仏・観音菩薩のお前立のご開帳が行われる。本尊は絶対秘仏で、前立本尊も秘仏になっていて、前立本尊の御開帳が行われるというのは、長野善光寺に似ている。長野善光寺、成田山新勝寺、川崎大師平間寺のように、江戸時代に秘仏の前立の出開帳が行われて大人気を呼び、大いに大繁盛したという。浅草寺の場合、お前立本尊のご開帳が参詣人を大いに集めたということか。

さてその浅草寺の絶対秘仏本尊である聖観音菩薩像は、長期間にわたって誰も見ていなかったため、次第に実在が疑問視されるようになった。フリー百科事典・Wikipediaによれば、明治2(1869)に政府の役人が浅草寺に来て調査を行ったところ、秘仏本尊は確かに存在していることが確認されたという。しかしこの時の調査によれば、高さが20センチほどで、焼けた跡があり、両手足がなかったという。浅草寺のウエブサイトによれば

「ご本尊は、推古天皇36年(628)にご示現されたと伝わる。その後、大化元年(645に勝海上人が定めた秘仏の制が掟として守られてきた。数重に及ぶ厨子に固く錠をかけ、絶対秘仏として寺の住職でさえも尊容拝見を慎んでいる。なお、ご本尊の大きさを「一寸八分」(約5センチ)と伝える書もあるが、これは江戸時代以来の俗説の一つである。」

となっている。そうすると大化元年(645)以前に、何らかの理由で焼けて両手足がなくなり、絶対秘仏になった、ということになる。

3番目に大きいのは、歴史である。浅草寺は628年の創建と言われているので、1390年以上の歴史がある。この歴史の重み、伝統仏教の重みである。初詣をはじめ、大きな行事でたくさんの参詣人を集める寺院には、歴史という共通のキーワードがある。

例えば、近年、巨大な仏像、巨大な伽藍を建てる新興宗教が、週刊誌等で話題になるが、これらの宗教は、初詣の参詣人上位ランキングの中に、ランクインしていない。そんな新興宗教の巨大仏像、巨大伽藍は、週刊誌のネタになることはあっても、一般の人がそこに参詣するということはない。つまり、日本の仏教界には、「歴史」というキーワードがある。

全国寺社の初詣ランキングを見てみると、1位・明治神宮315万人、2位・成田山新勝寺298万人、3位・川崎大師平間寺296万人、4位・浅草寺275万人、5位・京都伏見稲荷270万人、6位・大阪住吉大社270万人、7位・鎌倉鶴岡八幡宮250万人、8位・名古屋熱田神宮230万人、9位・大宮氷川神社207万人、10位・太宰府天満宮200万人となっている。この中で、明治以降にできた神社仏閣は、明治天皇を祭神としている明治神宮のみ。あとは全て江戸時代以前に創建されたものばかりである。

 

浅草寺13















 

(浅草寺)