「戒壇の大本尊」偽作の真実のシリーズで、「戒壇の大本尊」に使われている楠木は、身延山の楠木ではなく、他の場所にある楠木を持ってきたものである、という検証をしてきている。。もっとも日蓮在世の鎌倉時代は小氷期であり、身延山には楠木が自生していなかったことは明らかであり、又、「戒壇の大本尊」が室町時代の大石寺9世日有の偽作としても、室町時代も小氷期であるので、大石寺周辺にも楠木が自生していない。それでは「戒壇の大本尊」に使われた楠木は、どこの楠木なのか、という問題を検証しなくてはなりません。大石寺66世細井日達法主は、197478日の讃岐本門寺虫払い法要の説法で「あの御本尊は簡単な楠木の板ではない。実に中心は20センチ、端は5センチ、実に大きな木をけずって造られた」と言っている。1977526日の大石寺での「寺族同心会」の説法で

「ただの板ではない。後ろから見ると丸木です。丸木を表だけ削ってあるわけです。丸い木を、前を削って板にしたにすぎません」と言っており、「戒壇の大本尊」が半丸太の板本尊であると言っている。大石寺48世日量の著書『富士大石寺明細誌』には、「戒壇の大本尊」なる板本尊の丈四尺七寸五分(142センチ)・横二尺一寸五分(63.3センチ)・厚さ二寸二分(6.6センチ)とある。この寸法だと、直径が70センチ以上の大木でなくてはならないことになる。日達法主が中心が20センチと言っているのは、半径のことではないかと思われる。そこで、それくらいの楠木の大木は、どこにあるのか、を調べるために、全国各地の楠木を訪ね歩いて調べた。そこで今回は、仏教宗学研究会で調べた、各地の楠木の写真を皆様にお見せして、検証して参りたいと思います。これらの写真から明らかなように、関東、静岡、山梨の楠木は太さ、丈とも足りない。しかし西日本、四国、九州地方の楠木は、半丸太板本尊の「戒壇の大本尊」を造るには、丈も太さも十二分である。よって「戒壇の大本尊」に使われた楠木は、静岡、山梨の楠木ではなく、西日本・四国・九州地方の楠木であることが明白である。