保田妙本寺に日蓮真筆「万年救護の大本尊」が格蔵されているが、これを模刻した板本尊、紙幅曼荼羅は、西山本門寺、身延山久遠寺、佐野妙顕寺、谷中領玄寺、大石寺大講堂等々にある。1966年、鎌倉寛全氏が保田妙本寺住職になって6年後、「蓮悟空」事件が起こり、元民音職員・松本勝弥氏が「変質した創価学会」という創価学会批判本を出版。つづけて松本勝弥氏は「大石寺の戒壇の大本尊は偽物で保田妙本寺の万年救護の大本尊が日蓮出世の本懐」だとして「正本堂供養金返還訴訟」を起こした。そして松本勝弥氏のグループ、法華経讃仰会、万年講、創価学会対策連盟といった反創価学会系信徒が保田妙本寺に集結。保田妙本寺を日蓮正宗から独立させ、反創価学会の拠点にしようとして、これに保田妙本寺住職が乗りかかっていた。創価学会は数々の謀略活動と懐柔策で、保田妙本寺住職・鎌倉日桜氏に独立を撤回させ、保田妙本寺から反創価学会系信徒を追い払うことに成功した。創価学会は保田妙本寺に客殿修復、本堂修復を寄進供養し、大石寺、創価学会が保田妙本寺に多額の供養金を出し、日蓮正宗は保田妙本寺住職・鎌倉寛全氏を「観岳院日桜」(鎌倉日桜)として能化に昇進させた。その後、保田妙本寺は日蓮正宗本山として残ったが、布教区内の寺院僧侶とは交流せず、大石寺の行事にもほとんど参列せず、半ば独立状態になっていた。そういう中、日蓮正宗と創価学会が決裂し、19955月、保田妙本寺は日蓮正宗から離脱・独立。今は保田妙本寺に反日蓮正宗・反創価学会の信徒が再び集結してきている。