動画370で大石寺9世日有が戒壇の大本尊=日蓮本仏義に、キリスト教的一神教をドッキングさせたという検証をした。すると、1549年のフランシスコ・ザビエルのキリスト教伝来以前から、日本にキリスト教があったのか、という問題が出てくる。結論から言うと、1549年以前の日本にキリスト教の一派がいた。それはキリスト教ネストリウス派という一派で、中国では景教と呼ばれた宗派。これは、431年にキリスト教の異端認定されて排斥され、ヨーロッパ・トルコ→ペルシャ→中央アジア→モンゴル→中国のルートで伝来。635年に唐・長安にネストリウス派宣教団が到着。638年に唐から公認され、高宗の時代にネストリウス派(景教)が唐に広まった。しかし、845年、武宗が道教を保護して仏教、景教などの外来宗教を弾圧(会昌の廃仏)したため、衰退・消滅した。日本には、736年、景教の宣教師・外科医の「李密医」と「景人・皇甫」が来日したと「続日本紀」にある。その後、光明皇后、忍性の慈善事業、入唐(804)して学んだ弘法大師空海の真言宗に教義的影響を与えている。さらに親鸞の浄土真宗本願寺派本山・西本願寺に蔵している「世尊布施論」とは、景教徒の聖書の一部の漢訳本である。この世尊とは釈迦如来ではなく、イエス・キリストのことである。親鸞も景教の影響を受けていると思われる。このようにキリスト教から異端とされた宗派が日本に伝来してきており、ここから大石寺9世日有による戒壇の大本尊=日蓮本仏義に、キリスト教的一神教のドッキングが行われたと考えられる。