大石寺には、日蓮の灰骨はない(動画132,133,134,141,394,396)、日興の灰骨はない(動画361)、そして日目の灰骨もないことが、ここに確定する。日蓮正宗では、三祖日目が美濃国垂井で13331115日に遷化。随行の日尊、日郷が荼毘に付して、日郷が日目の遺骨を大石寺に持ち帰って埋葬した、と言っているが、全くのウソ。そんな事実はない。三祖日目の遺骨は、日尊が京都に登ったときに、京都・東山にある鳥辺山延年寺(今の日蓮本宗鳥辺山実報寺)の墓地に埋葬されて墓所が築かれた。その証拠は、1340年、1344年、1347年、1365年の4回にわたって、京都東山・延年寺墓地に葬られた日目墓所の土地を買い取って、墓域を拡張している。その文献が富士宗学要集8p69-70に載っている。売主は延年寺僧侶・成願、成願後家尼明知、延年寺僧侶・成音、買い主は保田妙本寺4代日郷、5代日伝、日郷門流寺院・日知屋寺(今の日蓮正宗・日向定善寺)別当御房(薩摩阿闍梨日眷)である。大石寺59世堀日亨も、富士宗学要集8巻に「目師垂井に御帰寂後八年に郷師始めて京都東山延年寺大墓域の一小部分を買得して御遺骨を葬むるを得しも、地域頗る狭少なるを以て追々に買収して拡張したるなり」(p69-70)と言って、京都鳥辺山延年寺に日目の遺骨が葬られたこと、延年寺墓地に日目の墓が築かれたことを史実として認めている。本当に日郷が日目遺骨を大石寺に持ち帰ったのなら、わざわざ大金を出して延年寺墓苑の一角の土地を買収するはずがない。