神奈川県藤沢市片瀬の龍口刑場跡に建つと伝承。鎌倉時代初期から中期に片瀬や腰越で処刑(北条時行・元の国使)・首実検が行われた記録が残るが、本当に龍口の刑場跡なのかどうかは、よくわかっていない。龍口寺は1337年に日蓮の弟子・日法(1258-1341)が当地を「龍ノ口法難霊蹟」として敷皮堂を建立。日法自作の祖師像と首敷皮を置いたのが龍口寺の始と伝承。しかしこれは龍口法難1271年から66年後。日法が79才の時のことである。龍口寺が本格的な寺格を整えたのは日蓮宗の信奉篤い島村采女が慶長6年(1601)に土地を寄進して以来のこと(龍口寺HP掲載)。本堂・日法彫刻の日蓮像(寺伝)  日蓮が足元に敷いていた敷皮が安置されているため(寺伝)敷皮堂とも言う。今の本堂は1832年に落慶竣工したもの。全国各地の日蓮宗系寺院に日法彫刻日蓮像がある(大石寺最初仏は偽託)こんな多数の日法彫刻の祖師像は考えにくい。日蓮像は池上本門寺・鎌倉比企谷妙本寺の日蓮像と一木三体と寺伝(本山めぐり)・池上本門寺日蓮像は日蓮七回忌(1288)の彫像と鑑定・一木三体は疑義がある。仏舎利塔は、昭和45年(1970912日竣工。龍口法難七百年の年・日本山妙法寺(藤井日達上人)が建立。塔内には仏舎利が安置・龍口寺裏山(龍口山)の高台・1954年にネルー首相寄贈の仏舎利を格蔵している。御霊窟は、日蓮が龍口法難の際に一晩入れられていたとされる土牢(寺伝・種々御振舞御書等遺文・古文書に記載なし・祖師像が安置) 龍口法難会(9.11-13)は、地域の祭礼として定着している・万灯練り供養・テント出店・万灯練供養は12日夜・参拝者には難除け牡丹餅が振舞われる