■法華宗本門流大本山・光長寺7(木くず・秘蔵抄の調査2)

 

「秘蔵抄」については、すでにmixi「アンチ日蓮正宗」コミュニティの

「『百六箇抄』(具騰本種正法実義本迹勝劣正伝)なる相伝書は日蓮真筆ではない。後世の石寺法主・9世日有の偽作だ」のトピック・検証39・検証40にて、先行して書いています。

「『百六箇抄』(具騰本種正法実義本迹勝劣正伝)なる相伝書は日蓮真筆ではない。後世の石寺法主・9世日有の偽作だ」

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=61970478&comm_id=406970

 

「本因妙抄、百六箇抄、本尊七箇相伝、産湯相承の合本」の「秘蔵抄」とか言っても、何の事やら、わからない方もいらっしゃるかもしれませんので、もう一度、概略を書いておこうと思います。

「本因妙抄、百六箇抄、本尊七箇相伝、産湯相承の合本」の「秘蔵抄」とは、日蓮正宗大石寺59世法主堀日亨が著書「隠れたる左京日教師」の中で述べているもので、静岡県沼津市の岡宮・光長寺の学頭・大林日有氏から左京阿闍梨日教の前名・本是院日叶の史料を得たことを明かして、次のように書いている。

 

「岡宮にて得たる日叶師の史料とは、本因妙抄、百六箇抄、本尊七箇相伝、産湯相承の合本の奥書なり。この写本は筆者不明なりといえども、最奥に寂光寺(顕本法華宗)の貫首なる通義日鑑の直筆の記文あれば、ほぼその時代を得。また日鑑はこれを隣地の要山より得しものなるべし。

その奥書に云く

本云本是院日叶之(原本は日叶師のものなりしや)

本云、…以前、此の秘蔵抄を先師日耀より相伝有りと雖も当(雲州)乱馬来本堂院坊破壊畢ぬ。然る間本尊聖教皆々紛失…

文明十一年八月二十八日 日叶在判

唯我与我の大事、七面七重の大事並びに産湯の大事等に付き、相承云之り在り。然るに選略の分なり。但し去る文明九年、堺の乱に依り、諸聖教等を淡州岩屋に運び、而に彼の在所焼失、彼の所に於いて焼き畢ぬ。又、先年、有る人の方より七面七重の相伝を畢ぬ。此の本は広く悉く也と雖も、不審多多也。…然る処に本是院日叶上人より送り給うて、相伝の恩備に預かり畢ぬ。…

文明十七年巳十月十九日   八十六歳日乗在判

本云 調御寺日乗上人に授与し奉る

文明十五年卯五月十五日   日叶在判」

(日蓮正宗大石寺59世法主堀日亨の著書「隠れたる左京日教師」p5860)

59世日亨2

 

 

この中の「寂光寺(顕本法華宗)の貫首なる通義日鑑」とは、京都洛東・寂光寺二十二世永昌院日鑑(18061869)。調御寺とは大阪府堺市にある法華宗真門流の寺院で、明徳元年(1390年)に日乗が開創した寺院。

堀日亨の著書・「隠れたる左京日教師」の中で紹介されている史料・本因妙抄、百六箇抄、本尊七箇相伝、産湯相承の合本の奥書の中に「此の秘蔵抄を先師日耀より相伝有り」と書いてあることから、「此の秘蔵抄」を「本因妙抄、百六箇抄、本尊七箇相伝、産湯相承の合本」と解釈し、本是院日叶が出雲の師匠・日耀(日尊門流)から相伝したものであるから、「百六箇抄」を偽作したのは日尊門流(要法寺)であるとする説が出てきている、というわけです。

これは、東佑介氏という人物が、「此の秘蔵抄」を元にした「百六箇抄・要法寺偽作説」「称徳符法本尊・附法の曼荼羅・室町時代存在説」を立てて、これに異常なほどの執着心を見せています。

しかしその東佑介氏も、「此の秘蔵抄」なる文献が、真書かどうかの検証をしたという記事は、彼の著書・ブログを読む限り、全く載っていない。

つまり何の検証もせずに、「此の秘蔵抄」なる文献を真書と決めつけて、勝手な説を立てていると言うことです。

こう言うと「検証はした」と、後出しジャンケンのように言ってくるのだろうが、自説を組み立てる上で重要な文献の真偽検証を、著書に載せないというのは、どう考えても「正鵠を得ていない」(東佑介氏)

 

そうなると堀日亨が岡宮・光長寺の学頭・大林日有氏から得たとされる「本因妙抄、百六箇抄、本尊七箇相伝、産湯相承の合本の写本」の信憑性・真偽がまず第一に問題となるわけで、これが本当に岡宮光長寺に存在するのかどうかを調査した、ということです。