■日蓮宗本山・仏現寺1(伊豆流罪の謫居跡)

 

仏現寺という寺は、日蓮宗の霊跡本山であり、正式名は海光山仏現寺という。何が日蓮霊跡かというと、ここは日蓮・伊豆流罪のときの日蓮謫居(たっきょ)の地ということになっている。

謫居(たっきょ)とは、デジタル大辞泉によれば

「罪によって、自宅に引きこもったり、遠くの土地へ流されたりしていること。また、その地の住居。」

となっている。

つまり、日蓮が伊豆流罪の時、この仏現寺のある地に住んでいた、ということのようである。

今まで、この仏現寺には二度、寺跡調査に行っておりまして、そのときのことを、まとめて書きたいと思います。

仏現寺7

 

仏現寺は、場所で言うと、JR伊東駅からは、かなり離れた所にあり、駅からはバスなどの交通機関を使わないと、とても歩いては行けない距離にあります。地形的には、伊東市内の小高い丘の上にあるというえ感じの寺です。

冒頭に書いたように、この仏現寺は日蓮・伊豆流罪ゆかりの地ということであるが、一般への知名度はあまり高くないのではないだろうか。

はじめて私が仏現寺に行ったのは、今から15年以上も前のことです。

仏現寺という寺は、今でもインターネット等で検索しても、なかなか正確で詳しい情報が出てこない寺のひとつであり、ましてや今から15年以上前というと、ネットはまだなかった時代であり(携帯電話はありましたが)、仏現寺に関する本も皆無。

私もこの寺の存在を知ったのは、JTBの観光ガイドブックをいろいろと紐解いていたときに、はじめて知ったくらいでした。しかしJTBの観光ガイドブックでは、この寺の歴史とか、年中行事がいつ行われているのか、ということは、さっぱりわからないし、ましてや住職の名前もわからない。

そういうわけで、「とりあえず行ってみよう」と思い立って行ったのが、最初の訪問でした。このときは車で行ったのですが、寺を見つけるのに四苦八苦した記憶があります。あの当時は、車にナビも付いていませんでしたから。

地図とにらめっこしながら、ようやく探し出して、たどり着いたという感じでした。

 

さてたどり着いたのはいいのですが、この寺のどこが庫裡の入り口で、どこが受付なのか、さっぱりわからない。

本堂らしき堂宇の扉は固く閉められていて、境内は全く人気がない。

「しょうがないな」と思って、JTB観光ガイドブックに載っていた仏現寺の電話番号に、携帯電話から電話をしてみたのですが、誰も出てこない。

「どうなってんだ、ここは。なかなかガードの堅い寺だな」

という印象を強く持った記憶があります。

 

 

私も、寺跡調査やら何やらでさまざまな仏教寺院を訪ね歩きましたが、千客万来のものすごくオープンな雰囲気の寺もあれば、これとは対照的に、閉鎖的で、ガードが固く、殻の中に閉じこもってしまっている寺もある。

どこの宗派がオープンで、どこの宗派が閉鎖的と一概には言えないだろうが、富士門流の寺院は閉鎖的な寺が多いですね。じゃあ日蓮宗はオープンかというと、それも一概に言えないわけで、オープンな雰囲気の寺もあれば、閉鎖的な寺もある。

御難会とか立宗会、御会式とか、大きな行事があるときは千客万来で歓迎だが、それ以外の時は、ガードを堅くして閉鎖的、という寺もある。

こういうのは、その寺の歩んできた歴史とか、だけが貫首・住職をやっているかによって違ってくるのでしょうが、そのあたりの開きはかなり大きなものがあります。