■日蓮宗本山・仏現寺2(本山なのに非常に資料が少ない)

 

日蓮宗霊跡本山・仏現寺については、第一回目の訪問の後、インターネットや日蓮宗関連の本や資料を色々と調べましたが、詳しい情報がなかなか出てきませんでした。

唯一、めぼしい情報だな、と思ったのは、日蓮宗全国本山会が企画・監修し、日蓮宗新聞社発行の「日蓮宗本山めぐり」という本です。この本の中に、仏現寺が日蓮宗本山のひとつとして紹介されているのですが、ここでも日蓮と仏現寺の関わりの歴史・縁起と、日蓮が生涯随身したという随身仏の由来について述べているだけ。

それどころか、仏現寺の貫首が「10世・板垣日祐」となっていること。七百年以上歴史がある本山寺院のはずなのに、貫首が10世とは、どういうことか? 日蓮以降から現代に至る歴史については、一言も触れていません。

さらにこの仏現寺貫首・板垣日祐氏は日蓮宗全国本山会の副会長、「本山めぐり」出版編集委員にも名を連ねているほどの人物。

「それなのに、なんでこんなにも情報が少ないのか」と不思議に思ってしまうほどです。

年中行事を見ると、216日の毘沙門天祭り、512日の伊豆法難千部会、816日の霊宝風入れ、1013日の御会式となっていましたが、行事のある時の前に、もう一度下調べを、と思い、行事のない日に、二度目の訪問をしました。今から2年くらい前のことです。

仏現寺7

 

二回目の訪問は、JR伊東駅からバスに乗り、バス停から歩いて行きました。

行ってみると、山門が新装になっていて「伊豆法難七百五十年法要」との看板が立てられていました。日蓮の伊豆法難とは1261(弘長元年)ですから、750年というと2010年になりますが、どういうわけかこの看板が出ていました。

境内の中は広々とはしていますが、木々や中庭、本堂は実に手入れや清掃が行き届いているように見えました。

 

さて、本堂の出入り口の所で、一人の中年僧侶と、一人の中年女性が、何やら慌ただしく何かの準備をしている様子が見えました。

私としては、前回の訪問の時に誰とも会うことが出来なかったため、ここは僧侶に話を聞く絶好のチャンスととらえ、思い切って、そこにいた中年僧侶に声をかけてみた。

 

その僧侶は、年齢的に私よりも年上の僧侶には見えましたが、ここの寺の貫首かどうかは、わかりませんでした。まがりなりにも本山の貫首が、あっちこっちかけずり回って、何かの支度や準備をしているなどというのは、僧侶社会の常識からして、とても考えにくいことです。

もっともその寺に住職一人しかいない、というのであれば別ですが、この寺は日蓮宗の霊跡本山であり、住職一人の寺とは考えられない。

おそらく、本山在勤の僧侶か、行事があるから他の寺から手伝いに来ていた僧侶ではないかと思われます。

とにもかくにも、急遽、この僧侶に単独取材することに成功しました。