■日蓮宗本山・仏現寺3(伊豆流罪図顕の曼荼羅)

 

私は、伊東仏現寺本堂入り口付近で慌ただしく作業をしていた中年僧侶に声をかけて、いろいろと質問をしてみました。その僧侶は、「何だ、作業中に」という感じで、めんどくさそうな顔つきで、作業の途中、手を休めて、私の質問に答え始めました。

仏現寺3

 

私としてはまず、この寺院の歴史、縁起について詳しく聞こうとしたのでしたが、その僧侶の答えは、日蓮宗新聞社発行の「日蓮宗本山めぐり」という本やJTBのガイドブックにも載っているような内容のものでした。

 

私は、次いでこの寺に祀られている本尊について質問。というのは、日蓮宗新聞社発行の「日蓮宗本山めぐり」という本を開いても、この寺の本堂には何が祀られているのか、はっきりとは書いてないわけです。

日蓮が、伊豆流罪の時に海中出現の釈迦立像を、生涯随身したというのは有名ですが、この仏現寺に、日蓮の生涯随身仏が什宝になっているとは書いてあるのですが、本尊かどうかについいては書いてありません。そこで、この僧侶に質問。

 

「こちらの本堂の御本尊様は、なにがお祀りされているのですか」

 

私としては、その日蓮の生涯随身仏なのか、日蓮木像なのか、あるいは大漫荼羅なのか、そこを聞きたかったわけです。

するとその僧侶の答えは

 

僧侶「大漫荼羅ですよ」

 

大漫荼羅とは初耳です。そこでつづけて私も質問。

 

「その大漫荼羅は、日蓮聖人がいつ図顕なされた大漫荼羅なのですか」

 

この質問に対して、僧侶の答えは、驚くべきものでした。

 

僧侶「伊豆流罪の時に御図顕なされた大漫荼羅です」

 

この返答には、驚きましたね。日蓮の大漫荼羅図顕は、佐渡流罪以降のはずで、それ以前には、日蓮の真筆本尊は存在していない。

立正安国会発行の「日蓮大聖人御真蹟御本尊集」に載っている、日蓮真筆本尊の最古のものは、文永八年十月九日図顕の楊子本尊である。

私も「そんなおかしな話しがあるもんか」と思ったわけです。