■日蓮宗本山・仏現寺5(ブチ切れた仏現寺僧侶)

 

僧侶が本堂の中を指さしたので、私も本堂の中を覗いてみました。

すると中央須弥壇に向かって右側の外陣が、応接間のようになっていて、そこに大漫荼羅が祀られているのが見えました。

 

「それでは、中に入って拝観させていただけませんか」

 

僧侶「今はダメです」

 

「どうしてですか」

 

僧侶「今、来客中だから…」

 

来客中?と思って、再び本堂の中を覗いてみると、先程の大漫荼羅の前でテーブルをはさんで、僧侶と信者らしき人が話しているのが見えました。

ひょっとして、今、座敷で信者の人と話している僧侶が貫首か?

 

「残念ですねえ。では何かの法要の折りに参詣させて頂くとしましょう。その時に拝観させていただけませんか」

 

僧侶「…」

 

「こちらのお寺の年中行事は、どんな日程なのでしょうか」

 

こういうやりとりがつづいたのでしたが、「伊豆流罪の大漫荼羅というのは、おかしい」という話になったところから、この僧侶の表情がだんだん険しくなってきました。そして「拝観させて欲しい」「いやだめだ」の話しのあたりから、次第にキレそうになり、そしてついにこの僧侶、ブチ切れてしまいました。その表情たるや、能役者がかぶる「しかみの面」のような表情でした。

しかみの面1

 

僧侶「ウチは年中行事はやっていません。法要もやっていません」

 

「えーっ、そんなはずはないでしょう」

 

僧侶「やっていません。ですから、大漫荼羅はお見せできません」

 

こんな感じです。さあー、帰った帰った、という感じ。そうこうしているうちに、私は本堂入り口の階段を踏み外しそうになり、危うく転げ落ちるところでした。

 

 

しかしこの僧侶の言っていることは、明らかにおかしいですね。日蓮の大漫荼羅図顕は佐渡流罪以降なのに、伊豆流罪の大漫荼羅とは聞いたことがありません。もちろん立正安国会の御本尊集にも載っていません。

その漫荼羅を拝観させてくださいと言ったところ、この僧侶の狼狽ぶりは、滑稽なくらいでした。

何だかんだと理由を付けて見せまいとする、大石寺とよく似ています。

しかも、その表情たるや、能役者がかぶる「しかみの面」にそっくり。

しかみの面2


あまりにも、非常識ではないでしょうか。

 

このあと、ある人から情報をもらいまして、この伊東・仏現寺は、僧侶の輪番制になっていて、この輪番の中に、西山本門寺の旧末寺である広宣寺があるとのこと。おそらく、この僧侶は広宣寺の僧侶ではないか、とのこと。そういう一面もあったわけですね。

 

しかし私としては、諦めるわけにはいかないので、また訪問するつもりでいます。