■中山法華経寺2(中山の鬼子母神信仰について)

 

□日蓮の守護神として大衆信仰を集める中山の鬼子母神は偽作・贋作とは次元が異なる

 

中山法華経寺本院から中に入っていくと、中山法華経寺の総受付があり、ここで御開帳、参拝、お札の申し込み。祈願は交通安全に丸印。志料は3000円。

本院から鬼子母神堂へは渡り廊下でつながっていて、徒歩で鬼子母神堂へ。鬼子母神堂の一番奥の間に入って行くと、すでに23人の参詣人が座っていた。中山法華経寺の鬼子母神は、日蓮が小松原法難のとき、鬼子母神が現れて日蓮を守護し、難をのがれたことにちなみ、その後、富木常忍邸に日蓮が滞在中に、日蓮自らが親刻した像と伝承されている。

鬼子母神堂の須弥壇は帳が下がっていて、鬼子母神の姿は見えない。しばらく鬼子母神堂の中で座っていると、後ろからどんどん参拝人が入ってきて、狭い鬼子母神堂の中が、あっという間に満員になった。

その後、若手の僧侶が一人入場してきて、読経、唱題がはじまる。読経していたのは御開帳の導師を務める僧侶だけで、参拝人は皆、だまってすわっている。唱題の時、南無妙法蓮華経と唱えた参拝人が数人いたのみ。

読経がはじまると、須弥壇の帳が開いて鬼子母神が姿を現す。形が小さくてよく見えないのが残念。導師の僧侶は、鬼子母神が祀られている須弥壇に登り、厨子にむかって左側に着座。東側を向いて読経。唱題の後は僧侶の祈祷。参拝人ひとりひとりの名前を僧侶が読み上げて、祈祷の内容を読み上げる。私の所は「英昭彦殿 交通安全…」とこんな感じ。御開帳終了後、導師の僧侶からお札を直接、手渡されました。

日蓮宗新聞社が発行する「日蓮宗本山めぐり」によると、中山法華経寺は日蓮聖人「五勝具足」の法華道場として、日蓮宗では最も古い寺院であるとしている。中山の鬼子母神として有名な鬼子母神像については

「文永元年(1264)、房州小松原において、聖人は地頭、念仏者による襲撃、小松原法難にあわれ、鬼子母神の出現によって一命を救われた。日蓮は中山の地に逃れ鬼子母尊神像を御親刻されたと伝える」

と記している。日蓮宗寺院で鬼子母神像を祀っている寺院は、他にもあり、日像開山の京都妙顕寺、天目開山の佐野妙顕寺にも鬼子母神堂がある。この他、法華宗寺院にも鬼子母神を祀る寺院がいくつも見られる。日蓮宗寺院や法華宗寺院になんで鬼子母神堂があるのかと最初は不思議に思ったが、どうやらこれは、小松原法難で日蓮が東条景信に殺傷されかかったときに、鬼子母神が現れて日蓮を守護したという伝説によるもののようである。

中山法華経寺30本院 

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