仏教宗学研究会のブログ

「仏教宗学研究会」とは会の名称。「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判・糾弾は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」が管轄。「仏教宗学研究会のブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。「仏教宗学研究会」と「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」は表裏一体の同体異名。日蓮正宗、創価学会・SGI・顕正会・正信会、さらに富士門流執着軍団…らを批判する主旨は同じ。 (背景写真は高野山真言宗総本山・高野山奥の院灯籠堂参道)

「仏教宗学研究会」とは「アンチ日蓮正宗」管理人が設立した会の名称。この会の中で、「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。
「仏教宗学研究会のブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。富士門流執着軍団批判は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄だが、「日蓮正宗系」以外の富士門流寺院の調査・研究は「仏教宗学研究会のブログ」の管轄。
「仏教宗学研究会」への誹謗中傷に対する反撃・糾弾は「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」(アンチ日蓮正宗)が管轄。
さらに正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」の公式サイト「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」から、カルト宗教対策、カルト宗教取締特別立法、カルト宗教拡散防止条約制定の活動部分を独立させたものが「国際カルト宗教対策委員会(Icat-Cult)」

□正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗」(アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ)
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旅紀行・静岡・山梨

身延山久遠寺(2)~身延山久遠寺の麓に広がっている古式ゆかしい門前町

■身延山久遠寺2(古式ゆかしい門前町)

 

はじめて身延山久遠寺に寺跡調査をしようと行ったのは、今から10年以上前のことですが、わざわざ冬の2月を選んで、久遠寺を訪ねたことを憶えています。

あの当時はまだ、東京静岡の間に、東海道線を走る特急・東海号が運行されており、私は、東京からJR特急・東海号に乗って富士駅で下車。そのまんま連絡通路を通って、接続しているJR特急・ふじかわ号に乗って、一路身延へ。

身延駅7


ちなみに、今は特急東海号という列車は廃止されたようで、身延線の列車に乗って身延に行くには、東海道新幹線で三島駅で下車して、一旦、東海道線の列車に乗り換え、さらに富士駅で身延線の列車に乗り換えなくてはなりません。特急東海が廃止になって、かえって不便になりました。

 

一度だけ、静岡市内で一泊してから、静岡駅で特急ふじかわ号に乗って身延山に行ったこともありました。

しかし今は、電車で行くのであれば、新宿駅から中央線特急スーパーあずさ号に乗って甲府駅で下車し、ここで特急ふじかわ号に乗り換えて、身延山に行くルートが便利なのではないでしょうか。

ちなみに、昔は、どういうわけか中央線特急スーパーあずさ号・あずさ号と、身延線特急ふじかわ号は、全く接続しておらず、超不便なルートであったのです。まあこれは、JR中央線がJR東日本、JR身延線がJR東海の管轄下だからではないか、とか、いろいろ言われていましたが、利用者からすれば、こんな迷惑な話はありません。

今は、甲府駅で中央線特急と身延線特急は、接続していますので、割と便利なルートに生まれ変わっています。

 

あとは新宿駅西口バスターミナルから身延山久遠寺前直通のバスが運行されています。運賃は、やはりバスで行くルートが最も割安になるようです。

 

さて特急東海号の話しに戻しますが、東海号は6両編成で、グリーン車なしのモノクラス編成。もっともルート的には東海道新幹線とかぶっていますし、新幹線が停車しない大船駅、平塚駅、湯河原駅、沼津駅では乗降が多かったようでしたが、乗車率はそんなに多いとは感じませんでした。

一方、富士駅で乗り換えた3両編成のふじかわ号は指定席・自由席ともほぼ満席状態。富士駅を出て、富士宮駅に着くと、ドカドカと中高年客が下車して行くのが見えた。

富士宮駅で中高年客が大量下車…これはおそらく大石寺に参詣しに行く日蓮正宗の信者たちではないでしょうか。

この時は、すでに宗創戦争以降のことでしたが、宗創和合時代は、創価学会員の団体専用列車が富士宮駅まで運行されていました。そういうことを考えると、隔世の感があります。

 

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岡宮光長寺(2)~身延山や富士五山と共通している岡宮・光長寺の塔中坊名

■法華宗本門流大本山・光長寺2(光長寺の塔中坊名)

 

法華宗本門流大本山・岡宮・光長寺は、JR東海道線・沼津駅が最寄り駅になるのですが、沼津駅からは、かなり離れた所にあります。

沼津駅前から、光長寺方面にバスが運行されているのですが、本数があまりにも少なく、不便であるため、車で行った方がいいと思います。私はレンタカーで行ったときが一度、駅前からタクシーで行ったときもありました。ここに行く交通の便は、あまりいいとは言えないですねえ。

 

光長寺の門前には、境内図があり、おおよその堂宇・伽藍がわかるようになっています。

光長寺1


光長寺の伽藍・堂宇は

□昭和大本堂 □客殿 □御宝蔵 □寺務所 □日蓮の銅像 □方丈 □新書院

□仁王門 □霊園 □御廟所 □三光堂 □鐘楼堂

塔中坊は

□東之坊 □辻之坊 □山本坊 □西之坊 □南之坊

の五坊があります。

 

御廟所には、三師塔の他、日法の正墓があります。

 

塔中の名前は全て「○○坊」という坊号になっており、これは身延山久遠寺、日蓮正宗大石寺、富士妙蓮寺、北山本門寺、西山本門寺、小泉久遠寺、讃岐本門寺等と同じ。

これが京都に行くと、京都・要法寺、妙顕寺、本圀寺、妙伝寺、本能寺、頂妙寺、本満寺、本善寺、妙覚寺、本法寺、妙蓮寺、本隆寺等の本山は全て塔頭が「○○院」の院号になっています。

これは、日蓮宗、日蓮本宗(富士門流)、法華宗本門流、法華宗真門流、顕本法華宗、本門法華宗、法華宗陣門流の宗派の区別はなく、共通して全て「○○院」の院号です。

否、日蓮宗、法華宗関連のみならず、比叡山延暦寺(院号・寺号の混合)、東大寺、園城寺、法隆寺(院号・寺号の混合)、平等院、建仁寺(院号・庵号の混合)、大徳寺(院号・庵号の混合)、天龍寺(院号、庵号等の混合)等々、塔頭は「○○院」の院号になっています。

 

これが関東に来ると、日蓮宗大本山・池上本門寺の塔中は「○○院」の院号と「○○寺」の寺号の混在。大本山・中山法華経寺も、同じく「○○院」の院号と「○○寺」の寺号の混在になっています。塔中坊の名前は、宗派の区別ではなく、地域によって名前が違っているようです。

 

この「塔頭の寺号、院号、坊号については格の段階がある」というご指摘をいただいたことがありました。確かに格付けはあるとは思いますが、それだけではないと思われます。寺号、院号、坊号の格付けによって命名されているのなら、全国各地の寺院の塔頭は、寺号、院号、坊号が混在しているはず。ところがそうはなっていないわけですから、この説には説得力がありません。

 

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西山本門寺(1)~閉鎖的体質は日蓮正宗大石寺と同じ?か、それ以上にひどい西山本門寺

西山本門寺29客殿


■「富士山本門寺(西山本門寺)1(大石寺と同じ閉鎖的体質)


西山本門寺(にしやまほんもんじ)とは、1343年(康永2年)日代の開山として静岡県富士郡芝川町西山671にある法華宗興門流の本山で、日蓮正宗大石寺、重須(北山)本門寺、日蓮正宗妙蓮寺、小泉久遠寺とともに富士門流の「富士五山」を構成し、また、京都要法寺、伊豆実成寺、保田妙本寺とあわせて「興門八本山」のひとつにも数えられる。

この西山本門寺は、戦後のある時期、というか一時的に日蓮正宗に合同していた時があった。

1957(昭和32)年、西山本門寺が本山単独で日蓮宗を離れ檀家の承諾を得ないまま日蓮正宗に合流したのである。旧末寺の一部は日蓮宗に残留したが、これに檀家側が猛反発して裁判となり、檀家側が勝訴する。それによって再び西山本門寺は日蓮正宗から独立し、現在まで単立の宗教法人であるが法華宗興門流と宗名を公称している。

 

西山本門寺28客殿

この西山本門寺は、最寄り駅はJR身延線・芝川駅ということになるが、かなり駅からは遠く離れた、山の中にある。芝川駅から町営バスが出ているとはいうものの、電車・バスを乗り継いでここへ行くというのは、まことに困難である。

どちらかというと、富士宮方面から車で行ったほうが便利だと思う。

 


県道を走っていると「西山本門寺」の大きな看板が見えてくるが、ここから車では入れない。ここから大きく回り込んで、切り立った杉林の中を抜けていかなくてはならない。なんか本当に不便なところにある寺院である。

黒門をくぐり、参道の石段を上がっていくと広大な境内が広がっている。しかし参道の周りには、たくさんの木が生い茂っているのだが、かつてはもっとここには塔中坊がたくさんあったのだろうか。西山本門寺の境内を見ていると、なんとなくそんな気がした。

境内地は実に静寂で、シーンと静まり返っている。薄気味悪いくらい人っ気がほとんどない。

 西山本門寺1参道石段


境内地の一角には、織田信長の首を収めたと伝えられている首塚と称するものまであった。なんで西山本門寺に織田信長の首塚があるのか。歴史学的研究によると、本能寺の変の後、明智光秀の武将たちが信長の遺体を探したが見つからなかったといわれているが…。

 


本堂の前には、大銀杏の木が一本あった。本堂の扉は固く閉められており、ここも何かすごく閉鎖的な所という印象である。ぜんぜん中を窺い知ることができない。本堂の正面には「本門寺」と書かれた表札が掲げられていた。この本堂には、一体、なにが祀られているのだろうか。

そこで僧侶らしき? (坊主頭だが僧衣を着ていない)人を見つけて質問してみると、日蓮真筆の漫荼羅本尊であるという。日蓮がいつ書いた本尊かと聞くと、「わからない」という返事。本尊を見せてほしいと言うと、「今、他に人がいないので、手続きが出来ない」との返事。

ただ毎年418日には西山本門寺所蔵の重要文化財の虫干しが行われ、重要な品の数々が一般公開されるとのこと。

それからここ西山本門寺には、元創価学会幹部で民音職員の僧侶・松本修明氏がいると聞いていたので、会わせてほしいと言うと、「ここにはそんな僧侶はいない」との返事。

これについては、よく調べてみると、この松本修明氏という人は、九州にて、出家したが、得度して正式僧侶となる前に自主独立し、師僧より僧侶認定を受けていないので、正確に言うと、勝手に僧侶を名乗っている私度僧であるという。ただ私度僧なのに、どういうわけか富士山蓮華寺という寺の住職に収まっているとのこと。何か不可解な人である。

西山本門寺は、今は日蓮正宗大石寺から独立してはいるものの、こと「閉鎖性」に関して言えば、大石寺と実によく似ている。それともこういう体質は、富士門流の各本山に共通した体質なのかもしれない。

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