一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ

「一般社団法人 仏教宗学研究会」とは任意団体として1985年から活動している会の名称。2018年5月に一般社団法人登記。当ブログ名を「仏教宗学研究会のブログ」から「一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ」に改名。 「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判・糾弾は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」が管轄。「一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。「仏教宗学研究会」と「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」は表裏一体の同体異名。日蓮正宗、創価学会・SGI・顕正会・正信会、さらに富士門流執着軍団…らを批判する主旨は同じ。 (背景写真は高野山真言宗総本山・高野山奥の院灯籠堂参道)

カテゴリ: 興門・日蓮本宗(京都要法寺門流)

要法寺本堂の参拝は、要法寺寺務所受付で僧侶に挨拶しないと参拝できない。本堂の法要に参拝するには、事前に予約が必要である。当方も事前に電話予約をして、当日は寺務所受付で僧侶に挨拶してから、参拝の許可をもらい、本堂の「御開山会」に参拝した。25年前の1994年の日 ...

1587年の要法寺・大石寺の通用申合について、大石寺は「日蓮正宗入門」の中で「大石寺を本寺とし要法寺を末寺とする本末の関係が修復されました」と書いているが、これは全くのウソ。要法寺が大石寺の末寺になったことは一度もない。1587年の通用申合は大石寺から要法寺に申 ...

京都要法寺とは富士門流八本山のひとつで日蓮本宗の本山。要法寺貫首は日蓮本宗管長・代表役員である。1536年の天文法華の乱で上行院、住本寺が焼失。1550年、広蔵院日辰が両寺を合併して復興したのが京都要法寺である。要法寺は開創から寛政の法難まで造仏読誦義であった。 ...

■日蓮本宗本山・要法寺30(本山要法寺公式ウエブサイト)   □日蓮本宗本山要法寺公式ウエブサイトで確認された要法寺(ようぼうじ・yoboji)の読み方   私は京都要法寺には1990年代から足を運んでいるのだが、さてこの度、富士門流八本山のひとつである日蓮本宗本山要 ...

■日蓮本宗本山・要法寺29(本山要法寺新貫首に丹治日遠氏)   □丹治日遠氏が住職を勤めた日蓮本宗佛眼寺がある福島市で管長就任祝賀会が開催される   久しぶりに富士門流の記事になりますが、この度、日蓮本宗管長・本山要法寺第51祖貫首・嘉儀日有氏が退任され、新 ...

■日蓮本宗・鳥辺山實報寺10(禅寺に葬られ親鸞の隣りで眠る日目)   私は、實報寺住職との長時間に及ぶ単独会見を終えたのでしたが、私にとっては、大きな成果のある實報寺訪問と言うことになりました。實報寺住職は □ここ鳥辺山にあった延年寺に、日目が葬られて正墓 ...

■日蓮本宗・鳥辺山實報寺9實報寺に日目の正墓があると断言2   一通りの住職からの回答があった後、私と住職の問答になった。   ○「それでは、日目上人、日尊上人の正墓は、ここ実報寺さんにあるわけで、日蓮正宗大石寺にはない、ということで、よろしいわけですね ...

■日蓮本宗・鳥辺山實報寺8(實報寺に日目の正墓があると断言)   實報寺住職の方も、言いたいことを言って少し気持ちが晴れたのか、ようやく少しは心を開いて喋り始めました。   □住職「あなたはサイトを主宰しておられるのですか」 ○「そうです。『アンチ日蓮正宗 ...

■日蓮本宗・鳥辺山實報寺7(嘉儀吉裕氏と受付で大激論)   私としても、實報寺住職が庫裡から受付に出てきたのには驚きましたが、しかしこれはまさに千載一遇のチャンス。何の前触れもなく、急遽、単独会見ということになったわけですが、しかし冒頭から實報寺住職の表情 ...

■日蓮本宗・鳥辺山實報寺6(實報寺住職が現る)   「要法寺開山本廟」という石碑が建っていた墓園の中に入っていくと、山門があり、さらに寺の庫裏のような建物もありました。山門や庫裡の棟札を見ると「實報寺」という名前が。 ここは鳥辺山墓地というのではなく、日蓮 ...

■日蓮本宗・鳥辺山實報寺5(鳥辺山に要法寺開山本廟を発見)   私は、とにもかくにも京都に行って、自分の目と耳で確認する以外にないと思い、京都・東山五条の鳥辺山に行くことにしました。2009年秋のことです。 私は、それまで京都の東山や東山三条、三条大橋周辺も何 ...

■日蓮本宗・鳥辺山實報寺4(鳥辺山から消えた延年寺)   鳥辺山實報寺については、要法寺発行の「私たちの要法寺」には 「鳥辺山御廟所 本山御歴代の貫首上人の墓所は、東山五条上ルの鳥辺山実報寺にあります。 鳥辺野は、すでに王朝時代から無常所として都の人々の墓 ...

■日蓮本宗・鳥辺山實報寺3(下之坊に日目の遺骨はない)   日蓮正宗大石寺59世法主堀日亨編纂『富士宗学要集』8巻p69~71に収録されている、京都・東山の延年寺墓地に葬られた日目の墓地を、富士門流が延年寺から墓地を四度にわたって買い取って、墓域を拡張した四通の文 ...

■日蓮本宗・鳥辺山實報寺2(日目墓域を買収・拡張を記した古文書)   日蓮正宗大石寺59世法主堀日亨編纂『富士宗学要集』8巻p69~71に収録されている、京都・東山の延年寺墓地に葬られた日目の墓地を、富士門流が延年寺から墓地を四度にわたって買い取って、墓域を拡張し ...

■日蓮本宗・鳥辺山實報寺1(日目の正墓がある京都・鳥辺山御廟所)   實報寺(じっぽうじ)という寺院は、正式には多寶山實報寺といい、日蓮本宗本山・要法寺の末寺。つまり富士門流八本山・日尊門流の祖山である京都・要法寺の末寺。 要法寺が発行している小冊子「私たち ...

■日蓮本宗本山・要法寺28(本堂参拝を拒否した若手所化僧)   要法寺塔頭住職が、本尊への供養・合掌・読経を条件に本堂の本尊を拝ませても良い、という話しを出してきたのを断ったのは失敗だったなー、と後悔したのは、東京に帰ってだいぶ経ってからのことです。 あの ...

■日蓮本宗本山・要法寺27(合掌礼拝を条件に参拝を認めた住職)   話題が本尊のことになったので、今の要法寺本堂、開山堂に祀られている本尊について、具体的に塔頭住職に質問。   ○「本堂は日蓮大聖人の大曼荼羅、開山堂は日興上人の大曼荼羅ということですが、大 ...

■日蓮本宗本山・要法寺26(釈迦仏像本尊の歴史を否定)   話題は、要法寺の血脈、貫首、大石寺との関係から、要法寺の本尊の話題になった。 本堂での朝の勤行に入ることが出来なかったこともあったため、ここで私としては、要法寺本堂の本尊は、何が祀られているのかを ...

■日蓮本宗本山・要法寺25(選挙で選出されていた貫首)   要法寺貫首の話しが出て、そこからちょっとした歴史の話になった。 塔頭住職の話では、「日蓮大聖人、日興上人の仏法、法脈は要法寺に受け継がれている」という主旨の話しをしていた。それ、どこかで聞いたよう ...

■日蓮本宗本山・要法寺24(加歴等で特殊な数え方)   思わぬ形で要法寺塔頭住職との単独会見が実現したわけだが、私としては、塔頭住職から、単なる見学者か参拝者と思われていると、質問をしても真っ当に答えてくれないのではないかという心配がありました。あの当時は ...

■日蓮本宗本山・要法寺23(塔頭住職との単独会見)   以前に書きましたが、私がはじめて要法寺に行ったのは、1994(平成6)年の要法寺開祖・日尊650遠忌の年。私としては、日尊650遠忌法要の当日に要法寺に行くことを狙いたかったのだが、日尊の命日は5月8日。つまり、世間 ...

■日蓮本宗本山・要法寺22(紫宸殿の曼荼羅・天覧)   前号で書いた「勅使門がない」ことと深い関わりがある、要法寺の歴史とは、「紫宸殿の曼荼羅・天覧」の見解である。 日蓮本宗宗務院が発行した小冊子「私たちの要法寺」には、要法寺の歴史について、下記の見解が述 ...

■日蓮本宗本山・要法寺19(謎の称徳符法の大本尊3)   日蓮本宗・本山要法寺の重宝・称徳符法の大本尊の伝承の経緯を調べていくと、さまざまな疑問点が噴出してきます。 称徳符法の大本尊が、日蓮、日興、日目、日尊から歴代要法寺貫首に相承されてきたというなら、上古 ...

■日蓮本宗本山・要法寺18(謎の称徳符法の大本尊2)   日蓮正宗大石寺59世法主堀日亨が編纂した『富士宗学要集』8巻によれば、要法寺に格蔵されている「称徳符法の曼荼羅」の顕示年月日は、「文永九年太才壬申正月元日」。 授与書は「問答第一行戒智徳筆蹟符法沙門日興 ...

■日蓮本宗本山・要法寺17(謎の称徳符法の大本尊)   要法寺宝蔵には、「称徳符法の曼荼羅」が格蔵されているということですが、これは実に謎の多い本尊です。 要法寺本堂には、称徳符法の大本尊が祀られていますが、これはレプリカの板本尊であり、いわゆる「お前立」 ...

■日蓮本宗本山・要法寺16(宝蔵、客殿についての公式見解)   さて要法寺の宝蔵についての日蓮本宗宗務院教学部の公式見解を見てみたいと思います。   「宝蔵 天保13年(1842)年再建。宝形造・唐破風・土蔵形式。紫宸殿の曼荼羅、称徳符法の曼荼羅など各種霊宝、仏像 ...

■日蓮本宗本山・要法寺15(元は釈迦堂だった要法寺開山堂2)   以上のような検証から、サイト「要法寺」が取り上げている「新撰京都名所圖會 3 竹村俊則、昭和36年」に出ている要法寺古図の中で、現開山堂を釈迦堂と書いているのは、間違いではないと考えます。 こ ...

■日蓮本宗本山・要法寺14(本堂=釈迦堂だった要法寺)   こりように要法寺13世日辰が要法寺を建立した堀川綾小路時代、14世日賙の代、豊臣秀吉の命によって移転・再建した二条寺町時代は、教義的に要法寺で造仏読誦が盛んだった時代であり、文献にも、当時の要法寺本堂 ...

■日蓮本宗本山・要法寺13(富士門流で行われていた造仏読誦)   要法寺中興の祖・13世貫首・広蔵院日辰の著書「法華二論議得意抄」をはじめ、等身大の量があるといわれる膨大な著書に、日辰が造仏読誦の化儀を肯定していたことは明らかである。 ということは、要法寺に ...

■日蓮本宗本山・要法寺11(元は釈迦堂だった要法寺開山堂)   さて、元の仮本堂が開山堂になったという見解を読むと、これは北山本門寺や小泉久遠寺と同じなのかな、と思ってしまいがちです。ところがこれは早計で、要法寺の堂宇・伽藍を研究するには、要法寺の歴史や教 ...

■日蓮本宗本山・要法寺10(要法寺開山堂についての公式見解)   さて、次に本堂の隣に、並んで建っている開山堂についての、日蓮本宗宗務院教学部の公式見解を見ていきたいと思います。小冊子「私たちの要法寺」「本山要法寺参詣案内」には、次のように書いてあります。 ...

■日蓮本宗本山・要法寺9(要法寺本堂についての公式見解2)   要法寺本堂は、1742年に起工式、1774年に落成という、32年の歳月をかけて建築されたわけですが、「では、なぜこの時期に?」という疑問が沸きます。 それに対する答えも、小冊子『私たちの要法寺』の中に書い ...

■日蓮本宗本山・要法寺8(要法寺本堂についての公式見解)   寺院の伽藍・堂宇について調査・研究するには、その宗派・寺院の公式見解がどうなっているのか、を知ることが重要なポイントになります。 日蓮本宗や要法寺の出版物というものは、見聞したことがなかったので ...

■日蓮本宗本山・要法寺7(他の富士門流本山との類似点・相違点)   かくして要法寺を訪問したことで、嘉儀日有(かぎにちゆう)貫首をはじめて実見したのみならず、境内をいろいろと見学して、けっこういろんなことがわかりました。 まず嘉儀日有貫首をはじめ要法寺僧侶が ...

■日蓮本宗本山・要法寺5(1994年の要法寺初訪問)   東京から京都まで、東名高速・名神高速を車で行くと約500キロ近くある。途中、休憩・食事をはさんだとして、時間にして約6時間半くらいだろうか。 早朝7時に車で出たとしても、京都に着くのは13時すぎになる。 私は ...

■日蓮本宗本山・要法寺4(京都へ一直線に急行)   すでに「仏教宗学研究会」ブログやmixi日記で書いていることですが、私は20代のころから、日蓮正宗、日蓮宗、富士門流各本山の寺院、その他の宗派の寺院を訪問して、住職をはじめ、さまざまな僧侶と会って、話を聞いたり ...

■日蓮本宗本山・要法寺3(日尊650遠忌)   さて富士門流八本山(大石寺、妙蓮寺、北山本門寺、西山本門寺、小泉久遠寺、保田妙本寺、京都要法寺、伊豆実成寺)の中では、要法寺と伊豆実成寺が日尊門流ということになっているが、知名度としては、要法寺が圧倒的なのではな ...

■日蓮本宗本山・要法寺2(富士門流では最大寺院数)   京都・要法寺とは、京都の東山三条、正式な住所地で言うと、京都府京都市左京区新高倉通孫橋上ル法皇寺町という実に長い名前の住所地にある日蓮本宗本山寺院。こう言うと、なじみが薄く感じられるのだが、日蓮正宗大 ...

■日蓮本宗本山・要法寺1(大石寺と同じ穴の狢か)   京都という街は、多くの仏教各宗派の本山・由緒寺院がたくさん存在していることで有名なところですが、この要法寺という寺院は、一般の人には、あまり馴染みがないのではないでしょうか。 この要法寺という寺院は、京 ...

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