一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ

「一般社団法人 仏教宗学研究会」とは任意団体として2005年から活動している会の名称。2018年5月に一般社団法人登記。当ブログ名を「仏教宗学研究会のブログ」から「一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ」に改名。 「日蓮正宗系」と富士門流執着軍団の批判・糾弾は正式名「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」略称名「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」が管轄。「一般社団法人 仏教宗学研究会・公式ブログ」は「日蓮正宗系」以外の仏教・宗教・各宗派の調査・研究部門を直轄管轄。「仏教宗学研究会」と「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会・正信会」は表裏一体の同体異名。日蓮正宗、創価学会・SGI・顕正会・正信会、さらに富士門流執着軍団…らを批判する主旨は同じ。 (背景写真は高野山真言宗総本山・高野山奥の院灯籠堂参道)

Category: 仏教文化・美術とキリスト教文化・美術・イスラム教文化

   □国立西洋美術館の常設展に展示されているミケランジェロやロダン等による男性全裸彫刻

 

「仏教宗学研究会」管理人は、しばしば東京・上野の国立西洋美術館に足を運び、企画展を鑑賞している。

国立西洋美術館は、特別展だけでなく、常設展がまた私にとって関心が深い展示が並んでいる。国立西洋美術館の企画展入場券は、常設展も入場して観覧・鑑賞できる。

国立西洋美術館の常設展には、ヨーロッパの上古の時代からの絵画や彫刻がズラリと展示されている。それらの絵画や彫刻の多くは、キリスト教に関連するものが多い。宗教学者・島田裕巳氏の著書「仏像鑑賞入門」によれば、キリスト教文化の芸術のメインは、彫刻よりも絵画だという。それはキリスト教では偶像崇拝が禁止されていることが大きいとの見解を示している。たしかに西洋美術を見ると、有名な「最後の晩餐」などキリストにまつわる絵画が多く、しかもリアルに描かれている。島田裕巳氏が言う「キリスト教では偶像崇拝が禁止されている」という意味は、例えば仏教宗派では釈迦如来像や阿弥陀如来像を本尊として寺院本堂に祀るが、キリスト教では一部の例外を除き、基本的にはそういうことは行っていないという意味である。しかしこれは西洋美術に、彫刻が存在しないという意味ではない。西洋美術には、本尊として祀る彫刻は存在しないが、いささか趣が異なる彫刻が存在する。そういう彫刻が国立西洋美術館の常設展に展示されている。

私が西洋美術と東洋美術の違いを大きく感じるのは、絵画もさることながら、彫刻である。東洋美術の場合、たしかに彫刻は仏教関連、なかんずく寺院本堂に祀る本尊としての釈迦如来像、阿弥陀如来像、薬師如来像、不動明王像、千手観音像、救世観音像等々がメインである。

宗教学者・島田裕巳氏の著書「仏像鑑賞入門」によれば「日本の仏教寺院の本堂には、ほとんどが仏像が本尊として祀られており、日本全国で何十万体から百万を超える仏像があると推計している」(島田裕巳氏「仏像鑑賞入門」p18)と書いている。

あるいは仏像の他に、日蓮宗なら日蓮像を日蓮宗寺院祖師堂に祀り、あるいは日昭像、日朗像、日興像を堂宇に祀る。浄土宗なら寺院御影堂に法然像を祀り、浄土真宗から寺院御影堂に親鸞像を祀り、真言宗なら弘法大師空海像を本堂に祀る寺院がある。

 

モネ展4

















 

(国立西洋美術館・「モネ展」

 

北斎とジャポニズム2

















 

(国立西洋美術館・「北斎とジャポニズム」

 

 

 

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□日蓮正宗系の芸能人の中に舞台監督、映画監督、脚本家、演出家、作詞家、作曲家、編曲家のジャンルの人はほとんど見あたらない

 

「仏教宗学研究会」管理人は、国立西洋美術館、ブリジストン美術館、世田谷美術館、東京都美術館、国立新美術館といった美術館へ行き、西洋絵画・彫刻の鑑賞をしている。何も仏教美術、東洋美術だけに限定しているわけではない。

私が、西洋の画家が描いた絵画で、最も感銘するのは、人物画、風景画を正確に描く絵画である写実主義である。西洋の写実主義の絵画を鑑賞すると、いつも感銘を深くします。「あれ。これは写真なのかな」と、思わず写真と見間違えてしまうような見事な風景画、人物画が、いわゆる写実主義の絵画。カイユボット展でも、写真と見間違えてしまう見事な風景画、人物画がズラリと並ぶ。

遠くから鑑賞していると「写真かな?」と思い、近づいて鑑賞してみると、コテコテの絵の具で描かれた、完全な絵画。「やっぱり絵だな」と思う。中年女性の人物画の白髪が、美術館の蛍光灯に照らされて、光っていて、本物の白髪のように見える。「あれえ」と思って、近づいてよく観察してみると、白色の絵の具に蛍光灯の光が反射しているだけ。「光の反射まで計算に入れて描いたのかな」と思ってしまった。「室内で読む女性」の絵を、少し離れて鑑賞すると、女性が手にする書類が、本物の紙の書類に見える。しかし近づいて見てみると、やはり絵の具で描かれた絵画。場内に展示されている絵画を、ひとつひとつ、くまなく鑑賞したが、まさに感銘の連続である。過去にも国立西洋美術館や、他の美術館で、何度も見事な写実主義の絵画を鑑賞して、そのたびに感銘を深くしている。

創価学会では、役者やタレントが入る「芸術部」という組織があることは有名だが、一般的に舞台俳優も含めて役者、タレント、歌手、お笑いタレントといった職種には、昔から創価学会員が多いと言われている。昨今は、インターネット上に、創価学会員の芸能人の実名がズラリと登場するが、そのほとんどが、役者、タレント、歌手、バンドマン、お笑いタレント、コメディアン、プロデューサー、スポーツ選手といったジャンルの人たちである。あとは、大手プロダクション・芸映の当時の社長が、創価学会芸術部の大幹部だと、ジャーナリスト・内藤国夫氏が報じていた。

ところが面白いことに、舞台監督、映画監督、脚本家、演出家、作詞家、作曲家、編曲家といった人たちに、創価学会員がいるとは、私はほとんど今まで聞いたことがない。

1980年代から90年代にかけて、内藤国夫氏らが創価学会員の芸能人の実名を挙げているが、その中に、舞台監督、映画監督、脚本家、演出家、作詞家、作曲家、編曲家のジャンルの人はいない。昨今、インターネット上で報じられている「創価学会員の芸能人」の中にも、舞台監督、映画監督、脚本家、演出家、作詞家、作曲家、編曲家のジャンルの人は、ほとんど見あたらない。

舞台監督、映画監督、脚本家、演出家、作詞家、作曲家、編曲家といった人の話を聞くと、「芸能界って、創価学会員が多いんだよなあ」と言う。そこに出てくる創価学会員とは、大概が役者、タレント、歌手、バンドマン、お笑いタレント、コメディアン、プロデューサーといった人たちである。

たしかに舞台演劇や映画、ドラマの主役を演じているのは役者・俳優だが、舞台、映画、ドラマの筋書きを書くのは脚本家であり、舞台、映画、ドラマそのものを造り上げるのは、舞台監督、映画監督、演出家である。だから舞台、映画、ドラマの真の主役は、監督、演出家、脚本家である。

音楽も同様で、確かに歌を歌うのは歌手であるが、その歌を書いて作り上げるのは、作詞家、作曲家、編曲家である。だから役者、タレント、歌手、バンドマン、お笑いタレント、コメディアン、プロデューサーに「創価学会員の芸能人」が多く、舞台監督、映画監督、脚本家、演出家、作詞家、作曲家、編曲家に創価学会員の名前をほとんど聞かないのは、面白い相関関係ではないかと思う。

カルト宗教では、芸術はできないということなのだろうか。

 

国立西洋美術館1

















 

(東京・上野・国立西洋美術館)

 

 

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□建仁寺開山・栄西禅師八百年遠忌記念で行われた東京国立博物館特別展「栄西と建仁寺」

 

201453日、東京上野の東京国立博物館に特別展「栄西と建仁寺」の見学に行ってきた。当日はJR上野駅不忍口に出て、レストランで食事。それから博物館に向かった。JR上野駅という駅は、駅構造が実に複雑になっている。「はて、不忍改札にはどうやって行ったらいいんだっけな」と、駅ホームの案内板を見ながら不忍改札へ歩いて行った。私は東京に住んでかれこれ35年になろうとしているが、上野駅の中央改札、公園改札、入谷改札へは何も見ないで行けるが、不忍改札だけはいまだに駅の案内板を見ながら行かないと、たどり着けない。私は18才の時、北陸から上野行き寝台列車に乗って上野駅に降り立ったのだが、あの時は、どこをどうやって行っていいのか、さっぱりわからなかった。それが何度も上野駅を利用することで、駅構造がわかるようになり、何とかこなせるようになった。私は現在、「mixi」と「GREE」で「上野駅」コミュニティの管理人を務めているが、不忍改札だけは、駅の案内板を見ていかないと、たどり着けない。

上野駅周辺のレストラン、カフェはゴールデンウィークということもあってどこも満員。外国人観光客の姿も見える。食事を終えて、上野駅から上野公園を歩いて行ったが、公園の中も、大勢の人が歩いている。東京国立博物館では、「栄西と建仁寺」展の他に、「キトラ古墳壁画」展もあり、当初は特別展ふたつとも見学するつもりでいた。ところがチケット売り場に、「キトラ古墳壁画展は、入場まで約40分、さらに入場してから壁画にたどり着くまで約30分、合計約70分かかりまーす」という案内を行っていた。「あ、こりゃだめだ」と思い、この日の見学は「栄西と建仁寺」展だけにした。「栄西と建仁寺」展と「キトラ古墳壁画展の入場チケットは別々になっていて、「栄西と建仁寺」展の当日入場券は1600円。博物館の特別展当日券としては少々高めである。

私は、京都・建仁寺には何度か参詣しており、数年前から建仁寺境内には、2014年が栄西八百年遠忌の年に当たるとの案内が出ていた。今回の「栄西と建仁寺」展も、建仁寺開山・栄西禅師八百年遠忌記念と銘打たれている。東京国立博物館では過去に、

□「法然上人800回忌・親鸞聖人750回忌特別展『法然と親鸞ゆかりの名宝』」(20111025日 ~124日)

□「興福寺創建1300年記念 『国宝 阿修羅展』(2009331日~67日)

□「開山無相大師650年遠諱記念特別展 『妙心寺』(2009120日~31日)

□「平城遷都1300年記念『国宝 薬師寺展』(2008325日 ~68日)

□「天台宗開宗1200年記念特別展『最澄と天台の国宝』(2006328日(火) ~57日)

□「興福寺創建1300年記念 特別公開『国宝 仏頭』2005921日~1016日)

□「平成大修理記念『唐招提寺展国宝鑑真和上像と盧舎那仏』2005112日 ~36日)

□「亀山法皇700年御忌記念特別展『南禅寺』」 (2003120日~229日)

□「建長寺創建750年記念特別展『鎌倉-禅の源流』 (200363日~713日)

□「日蓮聖人立教開宗750周年記念『大日蓮展』 (2003115日~223日)

等々の仏教関連の特別展が行われてきている。

 

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■「京都国立博物館2(日蓮と法華の名宝展の見学2)

 

□日蓮真筆曼荼羅・日蓮真筆遺文の拝観で開催の意義が大きかった「日蓮と法華の名宝展」

 

「日蓮と法華の名宝展」では、注目される展示が多数あったため、私も、館内で見学していたとき、一生懸命、メモ帳にメモをとっていました。すると館内にいた係員から「ポールペンでのメモは遠慮して下さい」とのこと。じゃあ、鉛筆でメモをとるしかないじゃないか、ということで、鉛筆を係員から借りてメモをとっていました。

「日蓮と法華の名宝展」見学が終わった後、京都国立博物館のミュージアムショップに入ったのですが、そこに、「日蓮と法華の名宝展」に出展された全展示物の写真と解説が載っている分厚い本「日蓮と法華の名宝」が売られていましたので、それを買いました。これに私が館内で懸命にメモっていた解説文が全部載っていた。

日蓮真筆の大漫荼羅本尊や遺文は、各々格蔵している寺院の虫払法要や宝物館の展示で拝観できるケースが結構ある。千葉県市川市・中山法華経寺の聖教殿のお風入れでは、国宝の「如来滅後五五百歳始観心本尊抄」「立正安国論」及び、重要文化財61巻他の日蓮真筆遺文が拝観できるし(---ただし近年は中止されている---)、静岡県の岡宮・光長寺や北山本門寺等々の御虫払い法要では、日蓮真筆本尊数点が拝観できる。しかし、複数の寺院に格蔵されている日蓮真筆の大漫荼羅本尊や遺文が展示されるのは、こういう企画展での展示のみでしょうね。

しかも寺院のお風入れや虫払い法要と言うことになると、参詣者が制限されたりしますが、企画展は、広く一般に公開されるものです。そういう意味で、京都国立博物館で開催された「日蓮と法華の名宝展」の意義は、まことに大きかったと思います。「日蓮と法華の名宝展」の主催者の方、後援の方々に対して、甚々の感謝の意を表したいと思います。

ただ、2003年に東京国立博物館で行われた「大日蓮展」、そして2009年に京都国立博物館で行われた「日蓮と法華の名宝展」もそうですが、出展された展示は、そのいずれもが日蓮宗系の寺院に格蔵されている大漫荼羅、遺文、坐像、画像等々ばかりで、日蓮正宗の寺院に格蔵されているものがひとつもないばかりか、富士門流の寺院に格蔵されている物すら、ひとつもありません。

日蓮聖人門下連合会には、唯一、富士門流の日蓮本宗(要法寺門流)が加盟していますが、今回、日蓮本宗から出展されたものは、ひとつもありませんでした。日蓮正宗に至っては、過去の日蓮に関する企画展で、自らが格蔵している大漫荼羅、遺文、坐像、画像等を出展したというのを、見たことがありません。否、出展どころか、日蓮聖人門下連合会にも加盟していません。自ら加盟しないのか、加盟できないのかは、わかりませんが。

日蓮正宗は、というより、創価学会、顕正会を含めて日蓮正宗系は、同じ日蓮門下の他宗と交流を持とうとしない。わずかに、正信会系の興風談所や創価学会系の元日蓮正宗僧侶・松岡幹夫氏、元日蓮正宗僧侶の花野充道氏あたりが、他宗と交流を持っているだけですね。

興風談所は、教学誌「興風」を発行するなどして、他宗と交流しており、日蓮正宗大石寺を離脱した松岡幹夫氏も、東京大学の博士号をとって、各所で講演するなどしている。

 

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■「京都国立博物館1(日蓮と法華の名宝展の見学)

 

2009年の日蓮・立正安国論奏進750年記念で京都で開催された「日蓮と法華の名宝展」

 

日本の国立博物館は、東京、京都、奈良、九州と四カ所あるのですが、このうちの京都国立博物館には、2009年の日蓮・立正安国論奏進750年「日蓮と法華の名宝展」が開催された時に行ってきました。ちょうど、私が日蓮本宗本山・要法寺末寺・實報寺の住職との単独会見と實報寺墓苑墓苑にある日目正墓等々の写真撮影を終えて、このまま京都国立博物館に足を運んだ。この京都国立博物館のある所は、京都・東山七条で、東山五条の鳥辺山・實報寺からは、そんなに遠くない所にある。この地は、近世までは方広寺の境内の一部だったところで、1870年から1876年までは恭明宮(明治の神仏分離後、それまで御所の御黒戸に安置されていた仏像や歴代天皇の位牌を安置していた施設)があった所。方広寺・豊国神社とは、となりあわせになっている。

日蓮に関する展示は、今までも何度か博物館で開催されてきており、私も見学に行っていますが、京都で行われた展示に見学に行ったのは、この時がはじめて。20031月~2月にかけて東京国立博物館で、日蓮・立教開宗750年記念「大日蓮展」があり、私も見学に行っている。この時の展示で印象に残っているのは、日蓮真筆の観心本尊抄、立正安国論、臨滅度時の本尊等でした。こういう企画展で、なにが印象に残るかというと、こういう日蓮真筆の展示である。有名な画家の誰それが描いた画とか壺が出展されていましたが、そういうのよりも、日蓮真筆の大漫荼羅であり、日蓮真筆の遺文(御書)です。ただし、日蓮真筆の観心本尊抄、立正安国論については、千葉県小湊の誕生寺で、日蓮真筆のレプリカが拝観できますけどね。

さて「大日蓮展」の主催者のひとつに、日蓮聖人門下連合会というのがありましたが、京都国立博物館の「日蓮と法華の名宝展」の主催者に、日蓮聖人門下連合会が名前を連ねていました。これに加入しているのは、日蓮宗、顕本法華宗、日蓮本宗、法華宗陣門流、法華宗真門流、法華宗本門流、本門法華宗、本門仏立宗、日本山妙法寺、国柱会、京都日蓮聖人門下連合会の11団体。これは、1960年(昭和35年)、国柱会が日蓮門下の連携を目指して主催、発足させたもので、各法華宗と多くの共同事業に携わっています。

主なものでは日蓮聖人降誕750年慶讃「聖伝劇日蓮」明治座公演(昭和46年)。

《日蓮聖人700遠忌記念事業》として 日蓮聖人劇・日蓮聖人展(昭和56年)。

1988年(昭和62年)、比叡山開創1200年記念法要、2003年(平成15年)、立教開宗750年記念事業「大日蓮展」、2009年(平成21年)、立正安国論奏進750年記念事業「日蓮と法華の名宝展」等があります。この日蓮聖人門下連合会には、富士門流の日蓮本宗(要法寺)が加入しているのが、目を引きます。現在、京都国立博物館では、平常展示館の解体と、平常展示機能を持つ百年記念館の建設工事が進捗中で、南門ミュージアムショップは完成していました。これによって、「日蓮と法華の名宝展」は、レンガ造りの特別展示館(旧・本館)で行われていました。

 

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□巨大な経済力を有していた権力者・大寺院のみが成し得た装飾経の代表例「平家納経」

 

東京・上野の東京国立博物館特別展「和様の書」で、「平家納経」「御堂関白記」などを見学してきました。これは713日からずっとつづいていた特別展なのですが、最終日の98日、まさに滑り込みセーフで見学。上野公園の東京国立博物館に行ったのも、久しぶりでした。

東京国立博1 














(東京・上野の東京国立博物館特別展「和様の書」)

この展示は、85件の国宝・重要文化財をはじめ156件の展示で「和様の書」を紹介する特別展。主催は東京国立博物館、読売新聞社、NHKNHKプロモーション。後援は文化庁。

ここに出展された展示の数々は、まさに豪華絢爛で、平安時代の三跡、四大手鑑、三色紙などの名宝の他、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などの天下人の書、屏風、蒔絵などの美術工芸品からユネスコの世界記憶遺産に登録された藤原道長の日記「御堂関白記」などなど。平安時代の摂関政治の頂点を極めた藤原道長の自筆日記・国宝「御堂関白記」は、はじめて実見しました。

私が見学に行った日が特別展の最終日で、しかも日曜日ということもあり、ものすごい数の見学者で、展示前はくろだかりの人が立ち止まったままで見学しているため、なかなか思うように見学ができない。こういうのは、数年前に奈良国立博物館の「正倉院展」の見学に行ったときもそうでした。「正倉院展」のものすごい数の見学者にも、驚きました。

私が今回の特別展「和様の書」で見学したかったのは、いわゆる「装飾経」。竹生島経、浅草寺経、久能寺経などさまざまな装飾経が出展されていましたが、最大の目玉展示は国宝「平家納経」である。装飾経とは、仏教で使用される経典のうち、料紙に美麗な装飾を施した経典のこと。紫、紺などの染紙を用い、金銀泥で経文を書写したもの、料紙に金銀泥などで下絵を描き、金銀の箔を散らした上に書写したもの等々があり、一般的に日本の平安時代に権力者や貴族などの発願によって制作された美麗な経典を指す。平安時代には、紺色の紙に金泥で経文を書写する紺紙金字経が数多く制作された。

「装飾経」そのものは、けっこう全国各所で見学してきました。日本で最初の紺紙金字一切経は、白河法皇(10531129)が制作させたものだと言われている。平泉の奥州藤原氏初代清衡が、平和のために発願し、1126年に完成させた紺紙金銀字交書一切経、いわゆる中尊寺経は有名で、紺紙金銀字一切経は約5300巻あり、。そのうち中尊寺には15巻があり、その一部の複製を讃衡蔵で公開している。残りの大半は高野山金剛峯寺が所蔵する。

東北歴史博物館にも、奥州・藤原氏が制作させた紺紙金泥法華経が展示されている。東北歴史博物館の展示説明文によれば「(奥州・藤原氏は、平泉の)中尊寺や毛越寺などに都(京都)の流行を採り入れ、多大な財力を注いでいる。中には、工芸技術の枠を集めた中尊寺金色堂や紺色(こんいろ)の用紙に金字と銀字で書き写した一切経(紺紙金泥のお経)など、都にさえ見られないものがあった」とあり、当時まだ、紺紙金泥のお経は京都にもなかったと書いてある。

 

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